Trick or Treat!
 4人部屋とはナースステーションを挟んだ反対側にある個室に芽依が横たわり点滴を受けていた。いまは薬の影響でぐっすりと眠っている。頭部に巻かれた包帯が痛々しい。


 何事もなくて良かった。


 ゆっくりと頭を撫でる。見ると手などもいくつかバンドエイドが貼ってある。落ちたときに傷をつけたんだろう。布団をめくると両足首には包帯が巻いてある。

 ノックされたので返事をすると、そこにはナースが車いすを押して立っていた。

「両足首をひねっているので、歩けるようになるまでこれを使うことになります。まぁ軽くひねっているだけだから、2~3日もすれば歩けるようになりますよ。」

 車いすには他にもレジメが乗せてあって、その場でナースから入院の際の説明を受けた。みんなの元へと戻って説明をすると、眠ってしまった哲平を抱っこしながらあかりちゃんが「私がそばにいたのにごめんね。」と謝ってきた。

「ううん。むしろ傍にいてくれたからすぐに救急車も呼んでもらえたんだから…ありがとうね。」

 ふと病院内がいい香りに包まれてくる。ああ、ちょうど夕ご飯の時間なんだ。次々と病棟内を食事をのせたカートが移動していく。

「手続きを取ったら、一度帰って入院セットを持ってくるわ。チコちゃん、持ってきてあげたいし。」

 チコちゃんは、彼女がお気に入りのウサギのぬいぐるみだ。初めての入院だから傍にあった方が安心だろう。

「じゃあ俺車出しますよ。皆さん方向一緒なんでしょ。雨もひどいし。」
「え、いいよ。タク…。」
「七海さん。」
「………はい…。お言葉に甘えます…。」

 その様子を見てあかりちゃんが、プッと吹き出した。それで「ふーん、さっき彼とも話していて思ったんだけど…例の彼なんでしょ。」とニヤニヤしてきた。

「例の彼?七海さん、もしかして俺の噂してくれました?」
「う…いや…その……。」
「あ、芽依ママ、顔真っ赤。」

 うっわー。あかりちゃん、わざとだっ!慌てて顔を両手で冷まして睨むと、あかりちゃんは舌を出していた。ううう…っ!

 その後私が入院手続きを済ませている間に、山崎君が会社に連絡してくれて、上川君達から「お大事に。」という言葉を頂いた。



 雨は思った以上にひどくて、山崎君はレガシィであかりちゃん親子を送り、そのままうちの団地の一時駐車場に車を停めた。そこで待っているように頼むと急いで階段を駆け上る。古い団地だからエレベータなんてない。3階までは正直しんどいけど、公団が下の方の階は出来るだけ年配者などに回すようにしているから仕方がない。築年数は50年超えているけど、3DKで月5万。母子二人で暮らすには充分すぎる。

 肩で息をして、震える手で鍵を挿し、鉄の扉を開けるとギギッと小さくなる。今度油差さなきゃね。部屋に入り、リビングの明かりをつける。そこには多分芽依が帰ってきたら続きをやるつもりだったんだろう、折り紙や工作の道具が簡単にまとめてあった。宿題のプリントやら教科書がダイニングテーブルに広げられ、床にはランドセルがふたが開いたまま放置されている。

 全くもう。ちゃんとしまえって言っているのにっ!きっと恭君達と遊ぶ約束して慌てて行ったのね。

「芽依ったら……。うぇ…ぐっ……。」

 本当ならリビングで今頃夕食の用意をしながら、今日の学校の様子や明日の予定を笑いながら話しているはずだった。芽依が唯一やっている習い事が恭君といっしょにやっている英語だ。そのCDを聞きながら、ハロウィンの準備をしているはずだった。そして危うくそんな日常が無くなるところだった。

 良かった。無事で良かった…。

 芽依が待ってるかもしれないから、早く準備をしないといけないのに…。一度決壊した涙が止まらなかった。涙と共に後悔が止まらない。もし私が傍にいたら、もし家にいたら、もし離婚していなければ…。くだらない「たら・れば」だって分かっている。でももしかしたら自分のわがままがこんな事態を引き起こしたのではないかと考えたら情けなくなってきた。

「芽依ぃ、ごめんねぇ…。ママが離婚したのがいけないんだよね……傍にいなかったのがいけないんだよね…。ふぇーん…。」

 


「俺、あなたの嫌いな所見つけました。」

 背後から冷ややかな声が聞こえてきた。
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