Burn one's boats
「薫、ボートを燃やせ」
「いや、聞こえてたから! そんなに耳悪くないから!」
「そうか。じゃあ、燃やせ」
「頭大丈夫?」
この状況で逃げる道を捨てるのか!
それこそどうかしているよ!
「いいから早く!」
彼は僕をギロッと睨み、苛立たしげに指示をした。
不満に思いながらも、炎の呪文を放つ。
ボートは赤い炎に包まれたと思うと、真っ黒い炭へと変わった。
もうこれで逃げ道は閉ざされた。
黙って葵を見る。
彼は再び敵を見据え、静かに口を開いた。
「背水の陣って言葉を知ってるか?」
「知ってるよ。漢の韓信が趙(ちょう)と戦ったとき、わざと川を背に陣を敷き、退却すれば溺れる他ない捨て身の態勢で戦い、遂に敵を破ったって故事だよね?」
「……誰もそこまで聞いてない」
息を大袈裟に吐く葵。
眉を寄せ、彼は後ろを振り返った。