重なる身体と歪んだ恋情

車に乗って帰っていく客を見送って、


「ふぅ……」


息を吐きながらタイを緩める。すると、


「まだどちら様にお会いするか分かりませんよ」


細い指が私の手を止めてタイを結びなおした。


「今夜はここに泊まるから誰にも会わない予定だけど?」

「新婚だとお聞きしましたが?」

「緑川、君も帰っていい。明日9時に迎えに来てください」


傍に控えている緑川にそう言うと彼は深く頭を下げて「失礼します」と姿を消した。


「で、私はいつもの部屋でいいかな?」


ニコリと笑ってそう言うと、目の前の彼女は少し頬を赤らめて「ご自由に」と私に背を向けた。

彼女はこの『葛城』の若女将・佐和子。

佐和子のように可愛らしくも賢い女性は本当にいい。

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