重なる身体と歪んだ恋情
分っていない。

こいつ等は奏という人間を全く分っていない。

見た目の温和な笑顔の下でアイツが何を考えてるか、なんて傍から見れば確かに分らないだろう。

だけど同じ家で過ごしていれば分ってもいいんじゃないか?

そして彼がどれだけ千紗様に執着しているか。

理由は知らない。

けれど、確実に今まで付き合いのあった女性とは違うのだ。

それが愛情か? と問われれば答えることは出来ないけれど。


「いいですか? 千紗様」


小雪は聡い子だ。

言わずとも大丈夫だろう。

問題はそれ以外の使用人。


「屋敷に戻っても私の家に来たことは黙って置いてください」

「どうして?」

「既婚の女性が男性の家に一人で行くなどと常識の無い人間だと思われるからです」



今までニコニコ笑っていた表情が一気に崩れる。

彼女もそれなりに奏様の本性に感づいているのか?


「で、でも郁も一緒だわ」

「郁も男ですよ」

「……」

「ですから、郁と散歩に出かけたといえばいい。もしくは私の家にいったけれど私は居なかったといってもいい」


嘘のつけない彼女、それならばこちらの嘘のほうがまだ口にしやすいかも知れない。


「ですからこれはこのままお持ち帰りください」

「ダメよ! ちゃんと食べて――」

「食べます。明日にはちゃんとお屋敷にもあがりますから」

「……」

「いいですね? 郁」


郁の顔を見れば納得して無いような顔で。

郁から見れば奏様は完璧な主なのだろう。確かに郁には完璧な仮面しか見せていないのだから。

けれど郁は私の声に反応してスープと、そして千紗様の手からパンを受け取ってバケットに。


「それではお気をつけてお帰りください。失礼ながらここでお見送りさせていただきますので」


立ち上がることなく頭を下げれば千紗様はゆっくりと立ち上がって。


「……明日は焼きたてのクッキーが食べたいわ」


小さく口にする。


「えぇ、必ず」


ニコリと笑ってそう答えると彼女はやっとホッとしたように息を付いて、


「お大事にね、如月」


やっと帰ってくれた。
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