重なる身体と歪んだ恋情
「おはようございます、奏様」


深く頭を下げて「昨日は失礼しました」と続けた。


「いや、病気ならば仕方の無いこと。それで大丈夫なのか?」

「はい。いつもどおりですので」

「それはよかった」


そう言いながら彼はカフスボタンを嵌め席に座る。


「千紗さんがお見舞いに行ったとか」


来た。

やはり弥生に聞いたのか。


「らしいです。私は丁度その時間病院にいましてお会いできませんでしたが」

「それはお互いに残念だったね」

「……」


どういう意味に取ればいいのか。

黙っているとカチャッと食器のぶつかる音が聞こえた。

ちらっと見れば弥生がパンを運んでバターを用意して。


「でも未婚の男性の家に女性が足を運ぶというのはどういうものだろうね」


やはり。

まぁ、彼が問題にしてるのはそこだけでは無いのだろうけど。


「使用人の家でございますからそういった感覚が千紗様には無いのでしょう」

「そうかな?」

「えぇ、そうです。だからといってよいことではありませんので私のほうからその旨伝えておきます」

「気のある男の家には行くなと?」

「お戯れを」

「冗談のつもりでは無いのだがね」

「あり得ませんから」


きっぱりとそう言い返すと奏様はクスと笑ってパンを引きちぎった。


「そうなったらなったで、私としては楽しみが増えるのだけど」

「……悪趣味ですよ」

「これこそ冗談だよ、司」

「……」


もう一日くらい休めばよかったか?

クスクス笑う奏の前ではそんな後悔の念すらこみ上げてくる。
< 202 / 396 >

この作品をシェア

pagetop