重なる身体と歪んだ恋情
「帰りはいかがなさいますか?」


雨音は小さくなったものの止む気配はない。

葛木に泊まっていいのだが……、


「何とかするから、君はここで帰って構わないよ」


私がそう言うと緑川は「それでは失礼します」と頭を下げ車を走らせていった。

こちらの車を借りてもいいし、タクシーを呼ぶでもいい。

何とかなる。

ならなければ泊まればいいだけ。如月の小言にはうんざりだが帰れなければ仕方ない。

そう考えながら葛城の門をくぐった。

すぐさま現れる中居。

もう私の顔を見るなり「ようこそ、すぐに女将を呼んで参りますので」と奥に消えていく。

そして数十秒後、


「いかがなさいました? 先日もいらしたのに」


佐和子は会うなりそう口にした。


「来ない方が良ければ今からでも帰りますよ」

「いっ、いえ、そういうわけでは。どうぞ、奥へ」


私のセリフに完璧な女将の仮面は簡単に壊れてしまう。

可愛い女だ。


「でもね、今夜も泊まれないんですよ」


耳元でそう囁くとキュッと唇を噛んで。


「それは仕方ありません。お待ちになる方がおられるのですから」


本当に聞き分けのよい女。

貴女のような人を壊したくて仕方ない。

さあ、今夜はどうやって壊して上げましょうか?

前を歩く彼女の背中を見ながらそんな事を考えていた。
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