重なる身体と歪んだ恋情
「千紗、さん?」
呼ばれる名前に彼女が顔を上げる。
そして私もその声の主を確かめた。
千紗と同じくらいの年齢で小柄な彼女。
「やっぱり! 千紗さんもいらしてるなんて!」
「由香里、さん……」
千紗とは顔見知りらしい。
もしかしたら女学校のときの級友か?
「千紗さん、どちら様ですか?」
ニコリと余所行きの笑顔でそう言うと、
「あ、えと、彼女は女学校の友人で……」
そこで言葉を詰まらせた。
どういうことかと少しばかり首を捻ると由香里と呼ばれた彼女がニコッと笑って。
「仙道由香里と申します。以前は宮田由香里でした」
彼女の説明に納得した。
結婚して名前が変わったから彼女は由香里の名前を言えなかったのだろう。
「仙道と言われると造船会社の?」
「はい!」
確かあそこの社長はここ最近結婚したと聞いたな。
20も年下の女性と。
「申し送れました。私、桐生奏と申します」
小さく頭を下げれば由香里は「ご丁寧に」とお辞儀をしてみせる。
そして、
「素敵な旦那様ね」
なんて千紗に耳打ちをしていた。
その彼女の声に千紗は困ったように唇を歪ませるだけで肯定も否定もしない。
いや、何も言わないということは既に否定か。
「久しぶりに会ったのでしょう? 積もるお話もあるでしょうからお二人でごゆっくり」
「え?」
そう言ってウェイターからシャンパングラスをふたつ取り彼女たちに渡すと千紗は不思議そうに私を見て、由香里はと言うと、
「お話の分る旦那様で嬉しいわ。行きましょう?」
千紗の手を引いてバルコニーに歩いていった。