重なる身体と歪んだ恋情
その日の夜。

いつもなら彼の帰りなんて待たないけれど。


「お帰りなさいませ、奏様」


その声に、開けられるドアの音に私はベッドから体を起こしてローブを上から羽織った。

それから階段を下りて――。


「おや、まだ起きていらっしゃいましたか」

「えぇ、お帰りなさい」


彼を迎えた。


「今日、お祖母様のお見舞いに行きました」


そう言うとちらりと如月の方を見て、


「ご容態は? あまり芳しくないと聞きましたが」


彼はタイを人差し指で緩めた。


「大事にはいたらないと聞いております。お心遣い、感謝しております」


その首元に赤い痕があったけど気遣い無いフリをして小さく頭を下げる。


「感謝なんて。あなたにとってお祖母様なら私にとってもお祖母様です。当然のことをしたまでです」


かすかに鼻先をくすぐる香りは白檀だと思う。


『新橋の葛城――』


そんな言葉を思い出したけど、


「いえ、本当にありがとうございました。祖母からも感謝の言葉を伝えるよう言われましたので」

「そうですか」


すべて飲み込んだ。


「では今度は私と一緒に見舞いに行きましょう」

「え?」

「私も彼女の元気な姿を見て安心したいですから」

「そう、ですか。……きっと祖母も喜びます」


私の台詞に奏さんはニコリと笑って、


「それでは仕事の調整して来週にでも行きましょう」


そう言って私の横を通り過ぎ階段をあがっていく。

我ながら、嘘をつくことだけは上達した気がした。
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