重なる身体と歪んだ恋情
もう一度千紗様の部屋の前まで行きノックする。


「千紗様、何か召し上がりませんか?」


恐らく、昨夜からなにも召し上がっていないはずだ。

もうすぐ夕刻。

ほぼ一日なにも口にしていないことになる。

水すら――。

けれど部屋の中から返事は無く、何の音も聞こえない。昼前までは「来ないで」と返事があり、先ほど訪れた際には衣擦れの音くらいは聞こえていたのに。

このままドアを蹴り破って入ったほうがいだろうか……。


そんなことを考えるなら、なぜ昨日の夜止めてやれなかったのか。

後から小雪に話を聞けば、どうやら晩餐会で千紗様が他の男といたらしいとのこと。

千紗様は相手を『先生』と呼んでいたらしいが。

どんな関係であるにせよ男であることは間違いない。

そして千紗様が奏の女性関係を糾弾した、と。

奏が怒ったのは他の男に心を向けたからなのか、糾弾されたからかそれとも違う理由なのか。

私には分らない。

もしかしたらそれには千紗様を妻に迎えた理由も絡んでくるのかもしれない。

けれど、

『夫婦間のことに口出しは無用ですよ、司』

彼にこう言われて。

それでも千紗様の手を掴んだなら不義。

その覚悟があるのか? と問われたような気さえする。

言われた瞬間、止まってしまった私の足。

その私の姿に千紗様は絶望の眼差しを、そして奏は苛立ちを隠ずことなく私を見下ろしていた。

< 267 / 396 >

この作品をシェア

pagetop