重なる身体と歪んだ恋情
結局、千紗様は部屋から出ることなく夜になってしまった。

昼間では「入らないで!」とかすれた声を上げていたが夕刻には声すら聞こえなくなって。

昨日の嵐で梅雨は明けたらしく蒸し暑い一日が終わろうとしている。

夜になった今でもまだ暑苦しい。

その中で彼女は水すら口にしていない。

……まずくないか?


「あの、如月様。千紗様のご夕食いかがしましょうか?」


小雪の声に答えることも出来ない。

どうする?

このままでは――。

ドアを蹴り破ってでも入るか? もしかしたらということもある。そうと決めたなら今すぐにでも――。

そう決意したとき、


「お帰りなさいませ」


弥生の声が聞こえた。

その声に屋敷に入ってきたのは勿論奏で。


「奏様、お早いお帰りで」

「……そうだね」


彼なりに彼女を気にかけているのがわかる。だから、


「千紗様はあれからお部屋から出てまいりません」


ありのままを告げた私の台詞に奏は視線を逸らす。


「だから、何だと言うのです?」

「気になりませんか?」

「子供ではあるまいし」

「まだ16です」

「……」


そう、彼女はまだ16なんだ。

もっと親元で甘えていたって可笑しくない。


「一日や二日、食べないくらいで人は死にませんよ」

「ですが水すら口にしていないとなれば、今日のこの暑さでどうなることか……」


少しくらい大袈裟に言った方がいい。

そんな私の言葉に眉を顰める奏。


「声をかけてください。気になっているからこんな時間なのでしょう?」

「……司が声をかけてもダメなものをどうして私が」


こんな、奏を見るのは初めてかもしれない。

彼女に罪悪感を持ち、私への劣等感を隠そうともしない。

いつもの不遜な笑顔も無ければ作った笑いすら見せない奏。


「それでも貴女は千紗様の夫でしょう? 何か答えてくれるかもしれません」


彼を慰めるフリをして自分に言い聞かせる。


「無理やり開けようと試みましたがドアの前に何かを置かれたようで……」

「そこまでして出てきたくないのなら」

「彼女もどうしていいのか分からないのですよ」


奏と同じように。

それ以上に、変わってしまった関係にどう振舞えばいいのか分からないというのもあるのだろう。

そしてそれは当然の事で――。


「……わかった」


奏の返事に私はホッとしつつも靄のかかったようなはっきりしない感情に捕らわれてしまった。
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