重なる身体と歪んだ恋情
とりあえず簡単な料理を用意させ小雪に持たせて、奏と一緒に千紗様の部屋の前へ。

奏が一度私のほうを見るから小さく頷くと、彼は拳を作って。


「千紗さん」


小さくドアをノックした。

けれど反応はなにもなく静寂だけが耳に痛い。

おかしい。

私の声ならまだしも奏だというのに衣擦れの音すらしないなんて。

もう一度「千紗さん」と呼んでノックをしたけれどやはりなにも無くて。


「ほら、私では彼女は――」

「違う」

「……?」


昼間では返事があった。

夕方までは寝返りを打つ衣擦れの音も聞こえていた。

眠ってるのか? 勿論その可能性だってあるだろう。

だけど急に心がざわつき始めて――。


「千紗様っ! 返事をしてください!!」


ドアを叩き叫ぶ私に「司?」と怪訝そうな声をかける奏。

それほどまでに乱暴にドアを叩いているのにやはり部屋の中からは全く反応が無くて。

ガチャガチャとドアノブを押して、それでもドアは開かない。


「司っ、何を」

「この状態で眠ってるだけだと思うか!?」


私の声に事態を察したのか、奏もハッとして。


「ドアを蹴破ろう!」


奏も私の声に頷き、二人してドアに向かって体当たりを始めた。

何度も身体ごとドアにぶつけて。

悲鳴を上げるドア。

そして、派手な音を響かせてドアは開き、置かれていた鏡台が大きな音を立てて倒れた。

薄暗い部屋の中にあるベッド。そこには真っ白いものを纏った彼女が横たわっていて。


「千紗っ」


砕け散った鏡を踏んで彼女に駆け寄る奏。

破片が宙を舞ってキラキラと光る。

そして奏は千紗様を抱き上げて……。

その姿を目の当たりにして不謹慎にも羨ましいなんて感情に襲われた。


「千、千紗様っ」


聞こえてくる小雪の声に、


「小雪、水を用意して。弥生は先生の手配を」


私は冷静に判断を下す。

ベッドのほうを見れば彼の腕の中でぐったりとしたままの千紗様。

ダラリと落ちた白い手。その手首には包帯が巻かれたままで。

見える光景にゾッとした。


「千紗っ!」


奏の繰り返す声になにも返ってこない。

もしかして――。

なんて考えに足がすくんでいることに気がついた。

彼女が纏っていたのは真っ白なシーツ。

この部屋には沢山のドレスがあるというのにそれを身に纏うことなく真っ白な布に包まれている。

昼間では、返事をされていたんだ。


『来ないで……』


私を拒絶する声が繰り返される。

あれは『助けて』の意味じゃなかったのか?

私は彼女を助けてあげることが出来たのではないのか?

彼女の傷を癒すことだって、


ここから連れ出すことだって――。


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