重なる身体と歪んだ恋情
桜井家といえば元公家としてこの辺りでも名が通ってる名家。
堅実な父が生きてるときは良かったのだけど、兄が家督を継いでからは借金ばかりがかさんでいったらしく、広大な森は切り売りされ、残されたのはこの屋敷のみ。
それすらも抵当に入れてられしまって、怯えて暮らす日々が続いた。
それでも、お祖母様の計らいで私はこの春、高等女学校を卒業。
今の時代、女性が働くなんて珍しいことではない。
だから、私が――。
そう思った矢先、
「千紗、お前の嫁入りが決まった。相手は貿易商の御子息だ! これで桜井家も安泰と言うものだよ」
兄は誇らしげにそう語った。
私の意見など耳も貸さずに。
名前は桐生奏と書いて、キリュウカナデ。
今年で28になるのだそう。
私は16になったばかり。
私の母が生きていたら36。まるで親子、とまでは言わないけれどこの年齢差に不満の一つくらいは言ってもいいと思うの。
顔は知らない。
写真はあったけれど見たところで何かが変わるはずもないのだからそのままにしておいた。
私の小さな反抗。誰も気に止めることなんてなかったけど。
それでも婚姻前に一度くらいは会うこともあるだろう。
そう思っていたのに、仕事が忙しく彼は一度も桜井家に訪れることはなかった。
だから、私は夫婦になると言うのに相手の顔も知らない。
多分、それはお互い様で私達にはそんな関係がお似合いなんだと思う。