重なる身体と歪んだ恋情

これは千紗の祖父が妻である祖母に贈ったものなのだろう。

そんな事実に小さく息を吐いている自分がいる。

なんて矮小な人間なのか。

そんな私でも、

『Smile for me.』

この言葉に口元を緩めてしまう。

『笑って』

彼女の台詞はここから来ているのかも知れない。

この言葉を祖父から父親に、そして千紗から――。


「お祖父様はいつお亡くなりに?」

「……私が5つの時でした」


話しながらその両方を彼女に返す。

それにしても。


「これ、どういう意味でしょう?」


私が指差したのは手紙の一文。

『君に或る女』

一体どういう意味なのか。彼女には分かるのかと思ったのに、


「私にも意味は……」


千紗も首を傾げるだけで。

何か意味があるのか?

それとも紙に余白が足りなかったのか。

もしかしたら、


「お祖母様なら分かるのかも」


千紗の声に私も頷いた。

意味がないものを託しても仕方ない。

「自由に」

それを得るのに必要なものは一つだ。

そしてその言葉はどこかで聞いたことがある気がして。

賢明に記憶の糸を手繰って――。
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