重なる身体と歪んだ恋情
「隔離されている以上、彼に桜井の家のことを任せるわけには行かないでしょう。ですから彼に委任状なり相続権放棄なりの書類に捺印していただきます」

「……相続、放棄」


私がそう繰り返すと奏さんは「はい」とうなずいた。


「ですが彼には譲るべき弟も子供もいない。ですので――」


相続するには男でなければならない。

そして桜井家に男は兄様だけ。

お祖母様では無理。

だから、


「妹である千紗さんの夫、私への相続という事になります」


奏さんが、桜井家のすべてを相続する。

勿論、桜井家にある財産なんて彼から見れば大したことはないのかもしれない。

それでも由緒ある桜井家を――。

もしかしたら、これが彼の目的だったのかしら?

公家の血だけではなく、何もかも――。


「よろしいですか?」


それでも、私は頷くことしかできない。

そうすることでしかあの家が守れないのだから。


「あの……」

「はい」

「兄に、会うことは叶いませんか?」


けれど、それでいいと思った。

このまま兄に食われ朽ちていくなら、いっそ彼の手に渡したほうがマシかもしれない。

でも、兄は兄。

どういう状態なのか一度会って見たかったのだけど、


「今は無理でしょう。病院から許可が下りましたらご連絡しますので」


彼はそう言うと残ったコーヒーを飲み終えて立ち上がる。

そして、


「それではその手続きをしなくてはなりませんので。あなたはゆっくりと召し上がってください」


そういい残すと私を置き去りにしてレストランから出て行ってしまった。
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