重なる身体と歪んだ恋情
自殺?

一瞬では出来ない言葉に、どう反応していいか分からなかった。

そんな私の口からこぼれたのは、


「どう、して……?」


彼を責めるような言葉だった。

その私に彼は重たい口を開く。


「彼は、阿片中毒でした」


阿片?

聞き慣れない言葉ばかりで整理が追いつかない。


「それでも期日が迫っていたので、医師立会いの下書類に捺印をしていただいたのですが……」


その夜、兄は手首を切ったのだという。

窓ガラスを割り、その破片で。

命には別状はないとの言葉に、息を漏らしソファに体を沈める。


「お知らせするかどうするか、迷いました」


その声にゆっくりと顔を上げると、奏さんは本当に悲しそうな顔を見せた。


「この先、こんなことがまた起こるかもしれません」


だから教えたのだと彼は言った。

手首を切ったのは、これで3回目だということも教えてくれた。





『肉親に会うことが出来るなら、違う反応もあるやも知れません』


そんな医師のことづけを聞き、私と奏さん、そして如月で病院に行くことになった。

病院は東京からは遠く離れた山奥で、車で3時間もかかった。

借金から逃げたとしても良くここまで……。

そう思えるほどの山奥。

そこに木造の建物が見えてきた。

精神を病んだ患者や、綺麗な空気の中でしか生きられない患者がそこにいる。

彼をここに入れたのは緑川だと聞いた。

桜井家の当主が阿片中毒で入院など、醜聞以外何物でもないから。

建物に入ると病院特有のツンとした匂いがした。


「こちらです」


無表情な看護婦の後について廊下を歩く。

そしてドアに会ったつっかえ棒は取られ、ゆっくりと明けられた。

窓には鉄格子、そこから流れてくる風を兄は目を細めうけていた。


「兄様……」


そう呼ぶのはどれくらいぶりだろう。

桐生家に嫁いで4ヶ月。

けれど兄のことは婚姻が決まってからずっと避けていたから。

私の声にゆっくりと振り向く兄様。

そして、


「――ひっ!! た、助けてくれっ!!」


いきなり悲鳴をあげ、恐怖に顔を引き攣らせながら部屋の隅に丸くなってしまった。


「にい――?」

「大丈夫ですよ、ほら、貴女の妹さんですよ!」

「来るなっ! 来るなぁ!!」


まるで私を鬼か獣かを見るような目で怯え逃げ惑う。

頭を抱える腕は細く骨ばって、その肌は乾燥しきってまるで老人のよう。

ボサボサの髪を掻き毟りながら、兄は私がその部屋にいる間ずっと悲鳴を上げていた。


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