重なる身体と歪んだ恋情
コンッとノックされる音に「はい」と答えるとドアが開いた。
そこに立っていたのは真っ白なタキシードを着た男性。
「お待たせしまた。少し、手間取ってしまって」
「……いえ」
多分、彼が桐生奏。私の夫となる人。
背が高いせいかすらっとした印象、少し長めの髪は後ろに流して湛える笑みは完全に作り物。
見せられる冷たい笑顔に私も少しだけ口の端を上げる努力をした。
どうせ、見えないだろうけど。
「初めまして。桜井千紗です」
その笑顔のままドレスの裾を抓んでお行儀よくお辞儀を。
ゆっくりと顔を上げると彼は少し驚いた顔をして、それから、
「桐生奏です。そのドレス、よくお似合いですよ」
なんてありきたりな社交辞令句を口にした。
「フランスから取り寄せました。レースはやはりフランス製がいい」
彼が褒めているのは私ではなくこのドレス。
「それでは参りましょうか」
すっと差し出される手。
この手を取ったら、私はこの人の妻になる。
けれど拒絶なんて選択肢は用意されていないから、
「えぇ」
短く答えて彼の手に自分の手を重ねた。