重なる身体と歪んだ恋情
部屋の中をゆっくりと歩いて回る。

壁一面、本で埋め尽くされた部屋からは本の匂いしかしない。

ここにあるのはカントやわけの分からない思想学から童話の原文まで、いろんなものがあって。


「ゲーテは、ここですね」

「――っ」


私の背中からいきなり伸びてくる手。

その手が私の肩を掠めて本を1冊捕まえた。


「どうぞ」

「……あ、りがとうございます」


私は完全に彼の影に隠れてしまって、顔を上げることも出来ずにそうお礼を言うと目の前に差し出される本。

私が手にしたのは「ファウスト」。

ずしりと重いその本の表紙ばかりを見つめていると私を覆っていた影はすっと無くなって、


「こちらへ」


彼は私を机のあるほうに誘った。

机の上にはさっき彼の手にあった果物があって、


「食べながらでも読むといいですよ。飲み物は? 弥生に持ってこさせましょう」

「あ、いえ、別に……」


要らないのに。

寧ろこれをもって部屋に篭りたいくらい。

なのに、彼は机に腰掛けて苺を抓んで口の中に。


「うん、これならシャンパンが飲みたいかな」


その声に弥生の「畏まりました」という声が返ってきた。
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