紫水晶の森のメイミールアン
第1章 ラズナルフィ王国での日々
第1話 最下位の側妃
「急がなくっちゃ。門が閉まっちゃう」
澄んだ淡い水色の空が、薄紫色と茜色に少しづつ溶け合うように染まり始めた日没前の夕暮れ時、ルアンは城下に広がる商人街から、息を切らしながら小走り気味に懸命に城の通用門を目指していた。城への通用門は日没には閉まってしまう。
全速力で走りたい気持ちだが、背に背負った背負子には沢山の色とりどりの反物が山のように積まれ、両手に抱えた大きな手提げ袋には様々な形のボタンやレースやら色々な色の糸などの小物が山盛り……。それに食品や生活用品も混じっている。王宮内で働く者は容易に城外に出入り出来るものではないので、たまの外出時に山のように必要なものを買込むのが当たり前だ。城内でも商人が定期的にやって来て、生活に必要な品物から高価な宝石類まで、何でも手に入れようと思えば可能だが、城外の商店と比較すると数倍もの高値で売られていて、低賃金の宮廷労働者達は城内の商人からは物を買う事は殆ど無い。商人も上級貴族相手が目当てなので、懐の寂しそうな者はすぐに見抜かれ、相手にもされないし場合によっては小馬鹿にされあしらわれてしまう事もある。
ルアンは通用門が閉まる寸前に、何とか滑り込みセーフで検問所ゲートに並ぶ人の列に加わる事が出来た。後方で大きな通用門の重い扉が閉まる音が聞えた。
検問所ゲート前にある検閲台に、背に背負った大きな荷物を降ろし、両手に抱えた手提げ袋の口を広げて検問兵に荷を改めて貰い、通行証と身分証を記した鑑札を見せる。
「名前はルアン・ウェスティン、西の菜園の宮廷労働者です。街に買い出しに出掛けました」
厳つい顔の検問兵は、荷物を検め、鑑札とルアンの顔を交互に見て行けと手で合図した。
「よし。行っていいぞ」
「はい。ありがとうございます」
ルアンは城内に入り、西の菜園の脇を通り抜け、立派な後宮の建物が前方にそびえ立つ所から、少し離れた、古びた石作りの小さな建物の前に行くと、重々しい木の扉についている古めかしい鍵を開けて、中に入って行った。
あの菜園の宮廷労働者の鑑札は、名前と身分を偽って手に入れた物で、本当は一番身分の低い最下位という扱いの側妃だった。
本来ならば、側妃は王の許可が出なければ城外に出かける事は出来ない。だが、王や、後宮、王宮にいる誰からも忘れ去られてしまったような存在のルアンは、比較的容易に城外へ出かける事が出来た。