紫水晶の森のメイミールアン
焼き菓子とパン作りが終るまでの間、エメリオスはダイニングにある質素な木のテーブル席に座り、面白い物を見物するように楽しそうにメイミールアンの姿を目で追う。
やがて用事も終わり、甘い香りのする焼きたての焼き菓子と紅茶をエメリオスに出し、メイミールアンも愛用の質素な林檎の花の絵柄のマグカップに自分用の紅茶を注ぎ、自分の前に置くと、エメリオスの向いの席に座った。
あれから互いに「ルアン」「リオス様」と呼び合い、今までの事や今日あった事など様々な話をし、時を過ごす。
「リオス様。明日ですが、お尋ねになっても私は商人街に出かけておりますので、おりませんよ。今日焼いたパンと菓子を馴染みの店に納めに参りますので」
「ルアン。この様な生活をいつまで続けるのだ?父が剥奪した称号も撤回させ元に戻したし、許されるのならば、正妃として私の所に戻って来て欲しいと望んでいる」
「リオス様、私は何も責めてませんし、お父様に対して恨みの気持ちもありません。あの様に突然滅んでしまった国の王女など恐ろしくて、リオス様を大切に思うが故、不吉な王女である私を遠ざけたのだと思います。それに、私はこの10年間沢山の事を学びました。それらは後宮殿の中で暮らしていたら、得る事の出来無かった、とても貴重な大切な宝物です。
後宮殿の暮らしは、陛下には大変失礼だと思いますが、美しいカゴに入れられた鳥にございます。あそこにいれば、色々な物を与えられて、何の苦労も知らず、不自由無く生きていける事でしょう。ですが、自分の力で生きて行かなくてはいけない苦労はありますが、自由に羽ばたく事の出来る外の世界を味わってしまった鳥には窮屈で生きていく自信がございません。自らの力で生きる喜び、民と同じ目線で生きていく幸せを私は知ってしまいました。名前も、称号も、私には何の興味も執着もありません。ただの”メイミールアン”でいいのです。
高価な宝石も、シルクのドレスも私には不要の物です。麻や綿や安い毛織りの服で十分。侍女も要りません。服は自分で縫えますし、お腹が空けばストーブに火をおこし自分で料理を作れます。お洗濯だって、お掃除だって、何でも自分で出来ます。自分の事を自分で出来る事の楽しさと面白さ……。これが懸命に生きる事なのかしらと感じております」
「だが、どうしても手放したくない……そなたを知れば知る程、心は囚われてしまって、どうしても離す事が出来なくなってしまってる」
苦しそうなエメリオスの苦悩の顔に、メイミールアンは困惑顔だ。
「リオス様」
私も、リオス様に好意を持っております。ですが、もう大人と呼べる年齢に近づき、判断力もつき、私が待ち望んでいた力をつける事が出来ました。そろそろ私は旅立たなくてはと思っているのです。ここより遥か遠く離れたリリカルド王国ヘ……。
――メイミールアンは心の中で呟いた。
《第2章 1話へ》
やがて用事も終わり、甘い香りのする焼きたての焼き菓子と紅茶をエメリオスに出し、メイミールアンも愛用の質素な林檎の花の絵柄のマグカップに自分用の紅茶を注ぎ、自分の前に置くと、エメリオスの向いの席に座った。
あれから互いに「ルアン」「リオス様」と呼び合い、今までの事や今日あった事など様々な話をし、時を過ごす。
「リオス様。明日ですが、お尋ねになっても私は商人街に出かけておりますので、おりませんよ。今日焼いたパンと菓子を馴染みの店に納めに参りますので」
「ルアン。この様な生活をいつまで続けるのだ?父が剥奪した称号も撤回させ元に戻したし、許されるのならば、正妃として私の所に戻って来て欲しいと望んでいる」
「リオス様、私は何も責めてませんし、お父様に対して恨みの気持ちもありません。あの様に突然滅んでしまった国の王女など恐ろしくて、リオス様を大切に思うが故、不吉な王女である私を遠ざけたのだと思います。それに、私はこの10年間沢山の事を学びました。それらは後宮殿の中で暮らしていたら、得る事の出来無かった、とても貴重な大切な宝物です。
後宮殿の暮らしは、陛下には大変失礼だと思いますが、美しいカゴに入れられた鳥にございます。あそこにいれば、色々な物を与えられて、何の苦労も知らず、不自由無く生きていける事でしょう。ですが、自分の力で生きて行かなくてはいけない苦労はありますが、自由に羽ばたく事の出来る外の世界を味わってしまった鳥には窮屈で生きていく自信がございません。自らの力で生きる喜び、民と同じ目線で生きていく幸せを私は知ってしまいました。名前も、称号も、私には何の興味も執着もありません。ただの”メイミールアン”でいいのです。
高価な宝石も、シルクのドレスも私には不要の物です。麻や綿や安い毛織りの服で十分。侍女も要りません。服は自分で縫えますし、お腹が空けばストーブに火をおこし自分で料理を作れます。お洗濯だって、お掃除だって、何でも自分で出来ます。自分の事を自分で出来る事の楽しさと面白さ……。これが懸命に生きる事なのかしらと感じております」
「だが、どうしても手放したくない……そなたを知れば知る程、心は囚われてしまって、どうしても離す事が出来なくなってしまってる」
苦しそうなエメリオスの苦悩の顔に、メイミールアンは困惑顔だ。
「リオス様」
私も、リオス様に好意を持っております。ですが、もう大人と呼べる年齢に近づき、判断力もつき、私が待ち望んでいた力をつける事が出来ました。そろそろ私は旅立たなくてはと思っているのです。ここより遥か遠く離れたリリカルド王国ヘ……。
――メイミールアンは心の中で呟いた。
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