紫水晶の森のメイミールアン
 ルアンは石の家に入ると、右奥の作業部屋に行き、背負子を床に降ろして、今日買ってきた色とりどりの布地の反物を棚に綺麗に並べて、ボタンや糸などはそれぞれの小物用の小さな引き出しにしまった。そうこうしている間に、台所脇の裏木戸を元気よく叩く音が聞えた。

「ルアン、いるの?」

「はーい。今出ますね」

 裏木戸を開けたら、農作業帰りでドレスとエプロンが泥まみれになった若い女性が、大きなカゴに沢山の摘みたての野菜と卵と油紙包みの入った物を抱えて立っていた。
 髪の毛はこの国に多い淡い茶褐色に目は鳶色、日に焼けた肌に愛嬌の良さそうなやや目尻の下がった顏に、鼻から頬にはうっすらとソバカスがのってる。

「あら、バネッサ来てくれたのね」

「この間の洋服代まだ払ってなかったからね。銀貨5枚とお野菜に卵と、この油紙の包みは今日トーマスに潰してもらった鳥肉ね」

 バネッサは、いつもの様にカゴを台所の作業机の上に置いてから、銀貨5枚をルアンに手渡した。

「本当に、いつも助かるわ。どうもありがとう」

「とんでもないよ。菜園の労働者はなかなかゆっくり城外に服を買いになんて出れないし、城内の商人は目一杯フッかけて高く売りつけようとするし、うちらみたいな下っ派は小馬鹿にして見下してるのがありありと分かるし、ルアンの服は着心地もいいし、センスもいいし、お手ごろな値段だし、本当にありがたいよ。これからも宜しく頼むね。それにさ、菜園の野菜や食品は現物支給のただ同然みたいなもんだからね。痛くも痒くも無いんだよ。大量の横流しは重罪で命も危うくなるけどさ、この程度なら何ともないからさ」

「こちらこそ、またお願いしますね。今日沢山布地を仕入れてきたから、また時間のある時に寄ってね」

「ああ、久しぶりに1週間ほど実家に帰れる許可が下りたからさ、外出用の服を新調したいなと思ってね。近々寄らせてもらうね。それじゃあそろそろ行くよ」

「ええ。またね」

 バネッサは大きく手を降り満面の笑顔で、西の菜園の奥の居住地に消えていった。
 もう日もすっかり落ちて、空は青紫色から黒へと塗り替えられている所だ。そろそろランプに火を灯さないとと思える頃なのに、菜園の労働者は逞しくて陽気で、少々の闇など何でもないと言う感じに手慣れた感じに暗い道を通り抜けていく。
 裏木戸を閉める前にふと前方の立派な後宮に目がいった。眩しいほどきらびやかな明かりが灯って、美しい立派な建物が幻想的に暗やみに浮かび上がってるように見える。うっとりとその風景をほんの少し堪能してから、ルアンは裏木戸をパタリと閉めた。

《第1章 第2話に続く》
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