聖なる夜に夢を見せて
1
社会人になって初めてのクリスマスが来る。
――だけど、今までの私と何かを変えられる訳もない。
『内気な自分を直したい』その目標にさえも届いていないのだから。
「紀香さん――それ、クリスマス限定の口紅じゃない?」
「嘘っ、私も欲しくてネットでチェックしてたのに」
「オトナ女子の必須アイテムでしょ?」
個室の中に同じ部署の柏木紀香の声が聞こえ、そこから出る機会を逃した。
早くしないと、また中谷課長に怒られると思いながらため息をついた。
「それに、課長にアピールするんだもん。キレイでいたいじゃない?」
柏木さんの声が心に突き刺さり、胸がズキンと痛む。
女の子ならキレイになって好きな人のそばにいたいもの。その気持ちはわかるけれど、そこに中谷課長が出てくれば、途端に胸がざわめいている。
片思いだってわかりきってるけど、やっぱり他の人が噂していると悲しくなる。
「新作ルージュもいいけど、早く部署に戻れば? 課長さんにアピールするなら」
「なによ。あんたは課長と仲がいいくせに!」
「女の嫉妬は醜いよね。ついでに、男に媚びる女はもっと醜いよね」
「……行こう。こんな人を相手にしてる暇なんかないでしょ」
ヒールの音が怒り心頭だというように鳴っている。どうやら、柏木さんたちが出て行った様子だとわかった。
だけど、なぜか余計に出て行きづらくなった気がした。
「真島さん、もう大丈夫だよ」
「……えっ?」
突然、彼女の口から私の苗字が呼ばれドキッとする。どうして私がここにいるとわかったんだろう?
それよりも、知られている以上は無視することもできずに個室から出ると、同期の笹岡さんが私の顔を見て微笑んだ。
「溺愛してる男のカンって鋭いんだよね」
「えっ……?」
「ううん、こっちの話……」
笹岡さんはことあるごとに私を助けてくれる。けれども、こんな性格だからお礼を言うのが精一杯だった。
本当は笹岡さんのような友達が欲しい。けれど私みたいな人間では無理かもしれないといつも思ってしまう。
「ほら……いつまでもここにいたら鬼課長に怒鳴られるよ」
「はい……」
「ドSな課長を怒らせたら、何をさせられるか」
一の社員にはあたりさわりのない上司なのに、ごくわずかな人には俺様で傲慢な態度を見せる。
その基準が私にはわからないが、特に私を鬼のように叱る。
はじめは怖い人だと思っていた。それなのに、時折みせる優しさに惹かれていた。
「それにしても、口紅ひとつで男に媚びる女って嫌だねぇ」
「……えっ?」
「さっきの柏木たちの会話だよ。なんて言うか、女王様って感じで」
「笹岡さんは柏木さんが嫌いなんですか?」
「あたりまえでしょ! そんな人間に媚びを売るとかそういうのも大キライだし」
「……はぁ」
言いたいことを言える笹岡さんの性格が羨ましいと思う。
そんな笹岡さんだからこそ、私とは全然違うし、友達になんてなれないと思っていた。
「てめえら、何を暢気に話し込んでるんだ?」
背後からそんな声が聞こえると、課長は持っていた書類で笹岡さんの頭を叩いた。
本当に仲がいいと思わせる雰囲気がすごく羨ましい。
「……痛いなぁ。本当にドS課長なんだから」
「俺に口答えするとはいい度胸だな」
「うわぁ、この最凶な俺様ぶり……」
「それよりも、この資料をまとめといてくれるか? 真島」
課長は笹岡さんと話をしていたはずなのに、私に持っていた書類を渡した。
そんな時の課長の表情は優しくて、思わず胸が高鳴る。
「うわぁ……この溺愛ぶりはどうにかならないの? こっちが変な気分になる」
「俺に優しくされたいなら可愛い女になれ」
「……冗談でもされたくないわ」
課長に愛されたいとかは思っていないし、片思いだとわかっている。だからこそ、課長と笹岡さんの関係が羨ましい。
兄妹のように言い合えるふたり……それは恋愛じゃなくても彼のそばにいられるから。
――だけど、今までの私と何かを変えられる訳もない。
『内気な自分を直したい』その目標にさえも届いていないのだから。
「紀香さん――それ、クリスマス限定の口紅じゃない?」
「嘘っ、私も欲しくてネットでチェックしてたのに」
「オトナ女子の必須アイテムでしょ?」
個室の中に同じ部署の柏木紀香の声が聞こえ、そこから出る機会を逃した。
早くしないと、また中谷課長に怒られると思いながらため息をついた。
「それに、課長にアピールするんだもん。キレイでいたいじゃない?」
柏木さんの声が心に突き刺さり、胸がズキンと痛む。
女の子ならキレイになって好きな人のそばにいたいもの。その気持ちはわかるけれど、そこに中谷課長が出てくれば、途端に胸がざわめいている。
片思いだってわかりきってるけど、やっぱり他の人が噂していると悲しくなる。
「新作ルージュもいいけど、早く部署に戻れば? 課長さんにアピールするなら」
「なによ。あんたは課長と仲がいいくせに!」
「女の嫉妬は醜いよね。ついでに、男に媚びる女はもっと醜いよね」
「……行こう。こんな人を相手にしてる暇なんかないでしょ」
ヒールの音が怒り心頭だというように鳴っている。どうやら、柏木さんたちが出て行った様子だとわかった。
だけど、なぜか余計に出て行きづらくなった気がした。
「真島さん、もう大丈夫だよ」
「……えっ?」
突然、彼女の口から私の苗字が呼ばれドキッとする。どうして私がここにいるとわかったんだろう?
それよりも、知られている以上は無視することもできずに個室から出ると、同期の笹岡さんが私の顔を見て微笑んだ。
「溺愛してる男のカンって鋭いんだよね」
「えっ……?」
「ううん、こっちの話……」
笹岡さんはことあるごとに私を助けてくれる。けれども、こんな性格だからお礼を言うのが精一杯だった。
本当は笹岡さんのような友達が欲しい。けれど私みたいな人間では無理かもしれないといつも思ってしまう。
「ほら……いつまでもここにいたら鬼課長に怒鳴られるよ」
「はい……」
「ドSな課長を怒らせたら、何をさせられるか」
一の社員にはあたりさわりのない上司なのに、ごくわずかな人には俺様で傲慢な態度を見せる。
その基準が私にはわからないが、特に私を鬼のように叱る。
はじめは怖い人だと思っていた。それなのに、時折みせる優しさに惹かれていた。
「それにしても、口紅ひとつで男に媚びる女って嫌だねぇ」
「……えっ?」
「さっきの柏木たちの会話だよ。なんて言うか、女王様って感じで」
「笹岡さんは柏木さんが嫌いなんですか?」
「あたりまえでしょ! そんな人間に媚びを売るとかそういうのも大キライだし」
「……はぁ」
言いたいことを言える笹岡さんの性格が羨ましいと思う。
そんな笹岡さんだからこそ、私とは全然違うし、友達になんてなれないと思っていた。
「てめえら、何を暢気に話し込んでるんだ?」
背後からそんな声が聞こえると、課長は持っていた書類で笹岡さんの頭を叩いた。
本当に仲がいいと思わせる雰囲気がすごく羨ましい。
「……痛いなぁ。本当にドS課長なんだから」
「俺に口答えするとはいい度胸だな」
「うわぁ、この最凶な俺様ぶり……」
「それよりも、この資料をまとめといてくれるか? 真島」
課長は笹岡さんと話をしていたはずなのに、私に持っていた書類を渡した。
そんな時の課長の表情は優しくて、思わず胸が高鳴る。
「うわぁ……この溺愛ぶりはどうにかならないの? こっちが変な気分になる」
「俺に優しくされたいなら可愛い女になれ」
「……冗談でもされたくないわ」
課長に愛されたいとかは思っていないし、片思いだとわかっている。だからこそ、課長と笹岡さんの関係が羨ましい。
兄妹のように言い合えるふたり……それは恋愛じゃなくても彼のそばにいられるから。
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