聖なる夜に夢を見せて
 ドレス姿のまま、谷崎さんに会場まで送ってもらい、会場前に着いた。

「今夜は、雪のイブになりそうだな」
「うん……」

 谷崎さんと玲ちゃんの邪魔をしたくなくて、少しだけ二人と離れ、大きなツリーを見つめていた。
 今夜は雪が降りそうなほど、冷え込んでいた。
 ――魔法にかかった後のシンデレラは元の姿に戻る。それはわかっているのに、急に寂しさがあふれてきた。

「何を泣いてるんだよ」
「えっ……?」

 そんな声が聞こえて顔を上げると、そこには課長の姿があった。
 ……どうして? ここにいるのだろうかと不思議に思った。

「せっかく綺麗にしてもらって、俺に見せないつもりだったか?」
「えっ……? どうしてそれを」
「恋人がいる女がパーティに行くなんておかしいと思えよ」
「えっ……でも、笹岡さんもドレスを着てたし……」
「ほら、よく見ろ」
「あっ……」

 ふと、車が止まっていた位置を見て玲ちゃんの姿を探す。
 けれど、いつの間にか車とともに、玲ちゃんの姿まで消えていた。

「恋人同士がイブの夜に一緒にいないなんてありえねえだろう?」
「そう言われたらそうですけど……でも、課長はどうしてこんなところにいるんですか?」
「鈍いな……本当に。それでいて俺をずっと見てるんだから、タチが悪い」

 その言葉に戸惑ってる私は、課長の手に腕を引かれて抱きしめられる形になった。
 微かな課長の匂いに、胸が激しく高鳴る。

「イブは本命と過ごすもんだ……」
「だったら……」
「ここまで鈍くなきゃ、とっくに奪ってたけどな」

 耳元で囁かれる甘い言葉にどうしていいのかわからなくなる。
 腕から逃れようとすればするほど、抱きしめられている腕が強くなる。

「誰かに仕組まれたと思わないか? この鈍いお姫様は」
「えっ……?」
「お前に本気で惚れた男が、たった一人の姫にかける魔法だと気づかないか?」

 ふいに修平さんと結依さんが魔法の話をしてくれたことを思い出す。
 ――これが、その先の魔法だとしたら、今日の出来事は夢なのだろうか?
 ふと、そんなことを考えながら課長の顔を見上げる。

「ずっと好きだった。初めて本気で振り向かせたいと思ってた」
「えっ……」
「だから、お前の気持ちを俺に向けるように仕向けてたんだぜ」

 課長の指先で顎を持ち上げられてキスをされる。
 いつの間にか降りはじめた雪の感触さえも、熱いぐらいに感じるキスに脳が蕩けそうだった。

「悠奈……。今夜こそ逃がしてやらないから覚悟しとけ」
「かっ、覚悟って……」
「ずっと警告したはずだ。仔兎の泣き顔は野獣を喜ばせるだけだと」


 ぺろりと耳を舐められ、私は初めてその意味に気づいて、顔が沸騰しそうに熱くなる。
 ――そんな意味があったなんて知らなかった。
 そんな私を見て、課長はいつものようにいじわるに笑って、その手を差し出した。


 連れてこられたホテルの部屋には、クリスマスの飾りつけがされ、窓から見える夜景もすごく綺麗だった。
 けれど、そんな余裕もなくキスをされていた。
 何度も何度も角度を変えながら、ゆっくりと舌が絡め取られる口づけに翻弄される。

「キスが慣れてきたのか? お前の舌が絡みついてるぞ」
「そんなこと……」
「怯えた顔はやっぱり可愛いな。まるで誘われてるようだ」

 誘ってなんかいないし、むしろこういう状況すらわかっていない。なのに課長がいじわるな口調で呟く。
 恥ずかしくて逃げ出したい。けれど、抱きしめられているせいで逃げ出すこともできない。

「抱いてもいいか? 悠奈……」
「えっ、あっ……」
「綺麗なお前を穢してもいいか?」

 私の同意を求めている口調なのに、ドレスのファスナーがゆっくり降ろされている。
 半分だけ開いたドレスは肩からずれ落ちた。

「あっ……ダメです!」
「今さら拒んだところで遅い。そんな目をされたらしたくなるだろう?」
「でも……」
「目を潤ませて泣きそうなお前が見たいだけだ。はじめからやめるつもりもねえけど」

 いつになくいじわるなのに、肩先にふれる唇は優しく感じてしまう。
 これは私の見ている夢だから……。それとも、この熱さが現実なの?

「泣いてるのか……? そんなに怖いのか?」
「ちがっ……」
「俺の前で無理しなくていい……痛みも喜びも……哀しみも」
「えっ……?」
「お前を傷つけるものすべてから守ってやるから……」

 たとえ夢でもいいから、課長に愛されたい。――その思いが私の中に溢れてくる。
 そんな気持ちで課長を見つめると、その強い瞳が私だけを捕らえた。
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