ヴァイオリンのある風景
彼のピグマリウス
彼はいつも読めない笑顔を浮かべ、周囲に平等の優しさを与える。
例えそれが友人である私でも、恋人である私の親友でも。
良く言えば人当たりが良く社交的、悪く言えば隙のない八方美人、
私に言わせればつまらないオトコ。
親友、私、彼、もう1人の男友達の4人で過ごすいつもの昼休み。
彼は所属する管弦楽団の公演が近いと、サンドイッチをくわえながら、肩に愛用のピグマリウスをのせる。
「今回はチャイコフスキーでしょ」
「そう、第6」
「悲愴ね」
「表現力が足りない、ってさ」
親友との会話に、曖昧な笑みを返す彼。
「思うんだけどさ、」
頬杖ついて発した言葉に、6つの瞳が私に集中する。
そのうち2つの、いつもは温和で曖昧な瞳に警戒の色が光ったのは単なる気の所為か。
「あんたに足りないのは、必死になることじゃないの」
一瞬の沈黙は、「出たよこいつの毒舌」という男友達の突っ込みに破られる。
彼の瞳から先程の警戒は消え、安堵とともに例の私が嫌いな曖昧な色がはりついた。
「恋愛に関しても、ね」
席を立つついでに、奴のピグマリウスに囁いた一言は、
ほんの一瞬、
普遍的なはずの笑顔を凍りつかせた。
「ねえ今、何言われたの?」
遠ざかる私の背に、親友の不信感を帯びた声が響く。
奴は、また、例の笑顔で彼女を宥めているのだろうか。
私はひっそりと、口角を上げた。