コンプレックスな関係
陽典君にこんな強引さがあるなんて思わなかった。
驚いて反応できずにいる間に、私の身体はすっぽりと陽典君の腕に抱き込まれていた。
「会えて、嬉しかった…。中学ん時はさ、篠井の兄貴が怖くて言えなかったけど…そんなだから、ずっと篠井のこと引きずってた」
陽典君は、何を言おうとしてるの……
「高校時代、何人かの子と付き合ったけど、どこかで篠井と比べてて、結局上手くいかなかった」
やめて。
それ以上言わないで。
「俺さ…」
駄目、だ。
「やめて‼」
私は耳を塞ごうとしたけど、その腕は陽典君に掴まれる。
「ずっと好きなんだ。例え篠井の兄貴に殴られるとしても、俺、篠井が好きだ」
耳元で囁かれる甘い言葉。
「俺と付き合って…」
頬に添えられた、陽典君の大きくて温かい手。
近づいてくる顔。
何をしようとしてるのかなんて、一目瞭然。
流されそうになる。
「やだっ‼」
殆ど無意識だった。
私は陽典君を目一杯の力で押し返すと、床に落ちた鞄を掴んだ。
「ごめ…ん。私、付き合ってる人、いるから…」
その時、陽典君がどんな表情をしたのかは知らない。
それを見る勇気なんてなかった。
それだけ言って、私は逃げるようにしてお店を出た。