オートフォーカス
おそらく聞いてもまた彼女は教えてはくれないだろう、だったら知らない顔をしてこの話に付き合った方がいい。

篤希も安くはない時給だが少し割のいいところを増やそうかとぼんやり考えた。

「かさたか…ごめん、咬んじゃった。」

篤希を呼ぼうとした加奈の声が躓いて申し訳なさそうに呟く。

この反応は彼女だけじゃない、慣れた対応で篤希は微笑んだ。

「言いにくい苗字だからね。」

笠坂なんて嫌がらせのような苗字に苦戦した人は数多く見ている。

卒業式の担任はそれはそれは慎重に声を張ったものだった。

「ねえ、あだ名かなんかないの?皆はなんて呼んでる?」

「普通に篤希って。」

「アツキ?そうだね、かっこいい名前だもんね。私もそう呼んでいい?」

加奈の提案に篤希は一呼吸おいて頷いた。

「…いいけど。」

躊躇った間というか、驚いた間だったことに加奈も気付いたようだ。

篤希が頷くと嬉しそうに微笑みその笑顔で名前を口にする。

「篤希、じゃあ私のことも加奈で。」

何故か篤希の心臓が大きく跳ねた。


< 136 / 244 >

この作品をシェア

pagetop