オートフォーカス
らしくないことをする時は、何かあった時と相場が決まっている。

「絢子をフッたんだって?そんな話が聞こえてきた。」

篤希の手が止まった。

鍵盤から視線を雅之に移すと、他意はない淡々とした雅之がそこにいた。

いつもの雅之だ。

変に身構えてしまった篤希はまるで武装を解くように長く息を吐いた。

「茶でも飲む?」

逃がすつもりはない雅之の言葉につい笑みがこぼれる。

「うん。」

自販機で缶コーヒーを買うと2人はまた誰もいない談話室に戻った。

いつもは誰か人がいるはずなのに、時間が時間だからか今日は珍しく誰もいない。

まさしく2人きりの空間だ。

「俺たち周りは、なんとなく篤希と絢子はくっつくんじゃないかって思ってた。」

腰を下ろして少し経った頃、雅之から先に口を開いた。

彼の言葉は何となく周りから伝わってきていた空気の名前だ。

「そうなったらいいなって、僕も思ってた。」

それは真実だ。

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