オートフォーカス
こうして来てくれたことにありがとうと言えただろうか、まだ何も言えていない気がする。

嬉しい筈なのに無性に脱力感を味わうのはどうしてだろう。

そんな理由は分かっている筈ではないのか。

加奈と向かい合う為に今日もずっと自分の将来と向き合ってきた筈なのに。

2人の間から会話は消えて生まれた沈黙、いったいどのくらい経ったかは分からないが加奈の声でそれは破られた。

「…そろそろ電車なくなるから帰るね。」

無情にも時は進んでいく。

「…送るよ。」

先に立ち上がったのは篤希、加奈もゆっくりと体を起こして立ち上がった。

暖かくなった部屋を出て2人はまた寒い夜空の下へと歩き出す。

駅までの道のりは長くない、大した会話もなく黙々と歩いているとすぐに駅の灯りが視界に入ってきた。

きっとあそこが2人の分岐点になる。

すると加奈は足を止め、それに気づいた篤希が後ろになってしまった加奈を振り返った。

「ここまでで大丈夫。ありがと。」

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