オートフォーカス
落ち着けと自分に言い聞かせても無意味なのは分かっていた。

だってそこに、すぐ近くに加奈がいる。

久しぶりに見る加奈は随分と大人っぽくなっていた。

ボブだった髪の毛は長くなり、パーマをかけて緩やかなウェーブがかかっている。

服装も雰囲気も、あの頃とは違い大人っぽくなっていた。

しかし1人だというのに自由に露店を楽しみ、店の人と楽しそうに会話をする様子は変わらない。

手にはちゃっかりグリューワインを持っているあたり、完璧に前のままだった。

「待ち合わせ前じゃないのか?」

思わず口から突っ込みが出てしまった、加奈らしくて笑ってしまう。

懐かしい彼女を見れたからか篤希はガチガチだった緊張がほぐれ、柵にもたれていた体を起こして歩き出した。

まだ少し離れている加奈をまっすぐに目指す。

マーケットに夢中の加奈はまだ篤希に気付いていない。

それでも良かった。

数年ぶりに会った加奈を堂々と目の前から見れる、そんな気持ちがどこかにあったのかもしれない。

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