オートフォーカス
「ばあちゃん。」

裕二の言葉に重たい体を起こして篤希と雅之は座り直した。

それではいかんと、立とうとする3人を制して女将は綺麗な所作で入口付近に正座をする。

「どうも、女将の葛飾鈴子言います。さっそく働いてもろて悪かったな。こっちは大助かりや、おおきに。皆さんも、おおきに。」

「あ、いえいえ…。」

緊張が伝わる挨拶の後のにっこりとした笑顔に全員が見惚れてしまった。

あまりの突然な出来事に篤希と雅之以外は立ったまま。

3人は彼女のおおきにという言葉に我に返り、慌てて正座して頭を下げた。

若者の素直な反応に女将は感心の頷きを繰り返す。

「今日はもう上がりやからな?あとはゆっくりしてもろて…明日は7時からバシバシ働いて貰います。」

「ばあちゃん…。」

優しい言葉にうっとりする間もなく、気持ちはまたどん底に突き落とされた。

特に男性陣はまた来るこの疲労感にうんざりして仕方ない。

代表で呟いたような裕二の声は実に弱々しいものだった。

しかしそこは女将、遠慮無しに用件を伝え孫だからと甘えは一切ない。

当たり前だという笑顔でまた忙しく口を開いた。

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