緋~隠された恋情
「あ、鮎川さんっ?」

やれやれというふうに、首を横に振り、

俺が持っていた荷物を取り上げた。


「しばらく頭冷やしてきたらどうですか?


 あなたも、そして仲野さんも。」



「しばらく戻って来ないでくださいね。

 妹さんにお話があるので。」


「え?あのちょっと…」


戸惑う俺を制して、

「悪いようにはしませんから。」


とウィンクをした。


そのあと鮎川さんは

俺に待合室で待つように指示すると、

一人でありさの病室に消えた。


ドアに仕切られてしまったリノリウムの廊下は、

周りの音を吸収して静まり返っていた。


「ここって無用心な病院だよな。」


平のつぶやきで、はっと我に返った。


「お前、出て行ったんじゃあなかったのか。」


「忘れられないってことに気づいたんだ。」


「何を言ってるんだよ。お前の周りにはいくらでも女はいたじゃないか。」


「ああ、今だって喜んでおれに抱かれる女ならいる。」


「もう、解放してやってくれ。

 ありさは傷ついている。」


「はあ?

 わかってるのか一番あいつを傷つけて、

 縛ってるのはお前だろ新。」


「そんなことわかってる。


 傷つけることで、

 ありさをつなぎとめたかった。


 なあ、平、

 俺は心から笑ったことなんてない。


 幸せって、愛するって、

 どういうことなんだろうな?」」





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