緋~隠された恋情
クロケット.デリ

冷食部門がようやく軌道に乗り始めたため、

アメリカで立ち上げたコロッケ事業の製品を逆輸入することに決定した。

「おめでとう。

 順調みたいね?」


「あ、鮎川さん。」


「はあ、なんかとんとん拍子で決まってしまって。」


「仲野さんの美味しいコロッケは、

 海を渡って、また戻ってくるのね。」


「……そうなんですけど……」

「何?企画が通ったのに、なんか手放しで喜んでるって感じじゃないわね。」

「本当は、自社工場、日本で作りたかったんです。

 下請け委託でもいいから。

 ……本音を言えば、

 自分の手で作りたい。」


鮎川さんはくすりと笑って、

「職人ですものね仲野さんは。」

「はあ、

 会社勤めをしているんだから、

 やりたいことができなくて落ち込むのは

 ただのわがままなんですけどね。」

「この会社のいいところはね。

 不可能を可能性に変えられるってところなの。

 そんなに大きなことはできないけれど、

 可能性があることは、何度も主張して、

 提案していけば、

 必ず耳を傾けてくれるの。

 私は、そんなこの会社が大好きなの。」


「そう……ですか。

 すみません。」


「ふふ、まあ、頑張って!」


会釈をして鮎川さんの背中を見送る。


会社という組織が初めてだった俺にとって、

それ自体がなじめない。

利益を出さなくては潰れてしまうのだから、

仕方ないこととはいえ、

海外の工場で、レシピだけ提供して下請に作らせているコロッケには、

自信を持って、いいものだと言い切れない。


量産用に変えているとはいえ、

NAKAのレシピをこんな風に使ってしまうことに疑問を持っている、

なんてことを、

この会社を紹介してくれた鮎川さんには言えない。
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