学園怪談2 ~10年後の再会~
「本当の……恐怖?」
 俺から目を一瞬逸らした先輩は、ひと呼吸置くと再び俺の目を見た。
「……少年が消えたんだよ」
 先輩の言葉が呑み込めず、俺は聞き返した。
「え? 消えた?」
 ゴクリと唾を飲むと、先輩は小声でつぶやくように続けた。
「ああ。ほんの僅かな時間だったんだ。俺達スタッフが部屋を出て、少年から目を離した僅かな間に死体が消えたんだ」
 ……背筋が凍った。目の前にあった筈の死体が消え、その少年の存在はカメラにも映っていない。つまりは、始めから存在しなかったも同然ということなのだから。
「でもな石田。少年が寝かされていた寝台には確かに水滴がついていたし、敷かれていたタオルなんかはグショグショに濡れていたんだ。嘘だと思うだろう? でもな、俺は確かに覚えているんだ! 少年の虚ろな目、青紫色に変わった唇、そして、びっくりするくらいに冷たくなった肌も」
 俺はそれ以上何も言えず、黙ってプールの方を見やった。
 ……プールは穏やかな水面を湛えていた。しかし、溺れ死んだ少年の霊は再び未練の手として、生きる俺たちに自分の存在を示してくるだろう。

 ……。
 徹さんの話が終わった。
「その手は今でもやはりプールに?」
 私の先の言葉を遮り、徹さんは言葉を切りだした。
「ああ、まだ出てる。けっして手が来客を襲ったり、その正体を誇示したりはしないが、夕暮れの寂しい時間。客足が減って水温が下がると遠慮がちに現れるそうだ。死んでなお、自分の存在をこの世に残し続ける。思えば悲しい少年なのかも知れないな」
 徹さんの話に少しばかりシンミリしてしまった。全国で水難事故のニュースは後を絶たない。全身を自然の恵みによって包まれているにも関わらず、命を落としてしまう水の事故。死んで幽霊になった人は、自分が死んでしまった事を理解できずに彷徨う霊もいると聞く。自然に殺される。誰を恨む訳にもいかず、思えば一番残酷な死なのかもしれない。すでに今年も全国で多くの水難事故死者が出ている。彼らは自分の死を理解し受け入れ、死後の世界に旅立てるのだろうか?
 真実は死んだ者にしかわからない……。

残り19話

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