それを地獄とは呼べないのだ
結局自分で包帯を巻くことになった。
その様子を彼は眺めて楽しむことはなく、胸をさらしている間、ずっと私に背を向けてなにかしら童謡を歌っていた。
「終わったら言ってねー」
「んー、あ…」
この、なにしに来てるか解らない男。
こういう珍しい客は初めてで、ナニもしないで帰している毎日を続けると、なんだかイタズラしたくなった。
罪悪感もあるかもしれない。
上半身を晒したまま、彼の背中に近づいた。
布越しでも興奮する輩はごまんといるよな。
「ねーまだ?」
「もう少し…」
「今日は何して遊ぼうかなぁぁあういあっ!?」
押し付けるように背中に抱きついて、腹に手を伸ばせば奴に振り払う勇気が消えた。
カチンコチンに身体が固まり、後ろからでもわかるほど耳まで真っ赤になっていた。
胸の大きさには自信がある、無駄に。
「……旦那」
ねっとりと、自分でも吐き気がしてしまいそうな声色で耳元に唇を寄せる。
「そろそろ…ちゃあんと遊びましょ」
「ちゃちゃちゃちゃちゃちゃんとってちょっ」
「お若いのに女ひとりも食えへんなんて、かわいそ過ぎるわぁ」
「………いやいやいや、俺は別にそういうことをしたいんじゃないんで…」
「ほんならもう、こないな地獄来たらあきまへんで」
「ぅぼあっ!!」
身体を反転させ、わたしが彼の腹の上に馬乗りになっている体勢になった。
整える暇もなく、乱れた黒髪が彼の端正な顔に掛かっている。
未経験らしい彼の顔は面白いほどに赤かったり青かったりとくるくる変わり、動揺している目はわたしを捕らえようとはしない。
「なななななにしてんのっ…早く降りる」
「降りひんよ。
旦那が抱いてくれはるか此処に来ないて約束するか、どっちか聞くまで、どかへん」
「ええええーっ、難しい選択だな」
彼は苦笑いを浮かべて頬をかいた。
上に乗る女の顔にも身体にも眼を置けず、ずっと明後日の方向を向いたまま必死に逃げ道を探しているのだ。