それを地獄とは呼べないのだ



ふぅ、と溜め息ひとつ吐くと、彼は眼を瞑ったままの顔を此方に向けた。


「ねぇ、客とこんなやり取りするのってどうなの?」


「いけないことやね」


「それでもしちゃうんだ。
君だってお客さんは多い方がいいんでないの?」


「……それは、どうでもええんどす。
やって、客が多かろうと少なかろうと、飼い殺されとるんに変わりはあらへんのやから」



遊女は人ではない、犬さ。


ただ撫でて愛玩するだけの犬よりも、いろいろ使い勝手があるからこぞって金が回るだけさ。



家畜がどれだけ金を持ってこようとも、それを使うのは結局、人間で。


「飼い殺されてる…か。
君はどうして逃げずに飼われているの」


「さあ…。
痛いのが怖いからやろか、もしくは逃げるなんて考えられへんからかも」


「………」


「そない、哀れむ顔せんといて」



目は見えなくとも、坊やの泣きそうな口元が言葉に迷っている節がある。


ああ、人は同情されるだけで嬉しくなれる。


可哀想にね、の一言で、幸せだと感じることもできるんだ。



「この声を繋ぐなめに、この脳を動かすために、私たち犬は飼い殺されることしか手段を知らない。

ここは地獄だ。

買う方も飼われる方も、貧相な幸せにしかすがることのできない墜ちた奴らの集まりさ」



「………」



だからどうか、貴方のような綺麗な人は、汚れる前に侵される前に早くここから遠いところへ。


私を『人だ』と見てくれる優しい人なので、貴方が幸せであるならば私もとっても嬉しいのです。


ぽたり、ぽたりと彼の腹に水滴が落ちる。


今の話を理解してくれたかは、知らない。


ただ彼は眼を開けて。



「……蜘蛛の糸」


「………?」


「蜘蛛の糸ってさ、掴めるんだよね」



にこりと笑った彼の言葉の意味がわからず、ぼんやりとそれを反芻させていれば唐突に世界は反転した。



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