愛を知る日まで
---櫻井 真陽 (さくらい まひろ)。
俺がその名前を意識しだしたのは、いつからだろう。
初めて会った日の帰り道で真陽が言った言葉。
それが偽善でも何でもなく彼女の本心だったんだと気づき始めた頃から、俺は真陽に関心を向ける事を止められなくなった。
俺がどんなに勝手な事をしても、どんな不貞腐れた態度をとっても、挙げ句の果てに俺のとばっちりで自分が叱られても、真陽が俺を否定する事は無かった。
それは、甘やかしたり許したりする放漫なものでは無く、彼女はただただ俺を受け入れてくれていた。
柏原柊と云う人間を決めつけずに、その行動のひとつひとつを考え理解し認めてくれた。
こんな人間がいるのかと俺は半信半疑ながらも感心した。
そうして彼女を観察していると、それは俺だけで無くここに来る子供達にも平等にそう接してる事が分かった。
矢口さんに言わせれば真陽の行動は『甘やかし過ぎ』だと言う。
けれど、俺はそうは思わない。
ここにいる子供達は明日さえ分からない自分の未来に不安でいっぱいだ。まだまだ未熟な子供達はその気持ちのやり場を知らない。
持て余した不安や悲しみは時に穏やかでいられない。ルールを破る、他人を傷付ける、全てを投げ出す。その行為は確かに咎められるべき事だ。
けれど真陽はそれを止めても否める事はしない。子供の行動の全てを決してダメとは言わない。側に寄り添って、その全てを受け入れるだけだ。
きっと彼女は知っていたんだ。
孤独に投げ込まれた子供に一番必要なのが何かを。
だから、真陽に抱きしめられた子供はもう悪さをしない。
『大丈夫』そう言って受け止めてもらった温もりは、孤独を乗り越える力になるから。
そうして真陽は矢口さんに叱られ、子供の掛けた迷惑のフォローに走り回る。決して辛そうにはせずに。
「…バカな女。」
今日も真陽は就業時間を大幅に越えて残業してる。誰もいない遊戯室で、寂しくて泣いて暴れた子供が破いた児童書をひとつひとつ丁寧に修復してる。
帰ろうとして遊戯室の前を通り掛かった俺は、そんな真陽の姿を見て込み上げてくる気持ちを陳腐な悪態に置き換えて呟いてみた。