愛を知る日まで
「真陽ちゃんて婚約してるんだよ。」
俺にその情報を教えたのはここの正規スタッフの三島リエと云う若い女だった。
子供達が学校に行っていていない時間に、遊戯室の掃除をしている時の会話だった。
「…ふーん。」
その情報に、俺は無関心を装った。
実際、どうでもいい話だと思った。俺には何も関係ないと。
なのに、三島リエはベラベラと話を続けてくる。
「で、その婚約者が凄いエリートでね、家もお金持ちなんだって。なのにカッコ良くって優しくて真陽ちゃんにベタ惚れなんだってさ!」
…だからどうした。うるさい、黙れ。
その言葉が喉元まで出掛かったが必死で飲み込む。
俺は無性にイラついていた。馴れ馴れしくてお喋りなこの女に。そして、エリートとやらと婚約している真陽に。
純情そうな面して金持ちのボンボン捕まえるなんて、大人しそうな顔してやる事やってんじゃねえか。ふん、くだらねえ。
自分でも分からない苛立ちが募っていく。
「もう4年も付き合っててベタ惚れなんて羨ましいよねー。」
カターン
俺は持っていた箒を投げ出してそのまま遊戯室を出た。
後ろで三島リエが「柊くん!?ちょっと!」と喚いていたが知ったこっちゃない。
ただもうこれ以上あの女の話を聞きたくなかった。
このどうしようもないイラつきが何なのか、俺はもう分かりかけていたけど、それを認めるのは、まだ怖かった。