愛を知る日まで
櫻井真陽の事が頭から離れない。
家に帰ってもバイトをしていても。あの女の事ばかり考えてしまう。
今何してるんだろう。もう家に帰ったのか。家では何してるんだろう。飯食ったかな。自分で作るのかな。料理上手そうだよな。あ、でもどんくさいから失敗もしそう。
そんな俺の知らない真陽の生活を想像し、そして今日見た真陽の姿や交わした会話を思い出す。
気が付けばその時間はどんどん長くなっていき、テレビやゲームも手に付かない。ただボンヤリと彼女を考える時間が増えていく。
そしてそれは紛れもなく…至福の時間だった。
苦しいくらいに胸が高鳴る。けれどそれが心地好くて止められない。ずっとずっと考えていたい。頭の中が彼女で埋まっていく。
初めての、感情だった。
誰かの事をこんなに考え続けた事も、考えてこんな気持ちになる事も初めてで、俺は戸惑った。
けれど、そんな戸惑う自分にさえ俺はどこか喜びを感じている。
そして、真陽の事を考えれば考えるほど、俺は彼女に欲情を覚えた。
それも初めての経験だった。今まで女の胸だとかのパーツに欲情する事はあっても、個人そのものに欲情するなんて。不思議な気分だった。
真陽はいつもきちんとしてて男の劣情を煽るような格好はしない。なのに、日常のほんの些細な事が俺の欲情を切ないほどにそそらせる。
結んだ髪の後れ毛が、食事する時の口許が、細い手首が、柔らかそうな手が、白い肌が、俺を映す瞳が。俺の身体の芯を熱くして止まない。
---どうかしてると、思う。
この俺が他人の事をこんな風に思うなんて。
初めて抱く感情ばかりでもて余す以外に何も出来ない俺は、部屋の窓辺に寄り掛かってぼんやりと月を見上げる。
輪郭のはっきりしない三日月。湿気に揺らいで見える。
もうすぐ、夏が来る。