愛を知る日まで
---やってしまった。
最近の俺は真陽と少しでも一緒に居たくてシフトの時間を合わせたり、帰る時間を見計らって一緒に帰るようにしたりしていた。
そんなわずかな接触がたまらなく嬉しかったと云うのに、今日の帰り道
「あの…婚約指輪だから、仕事中はムリでも、 なるべく着けていたいの。」
「バカみてえ。」
「な、なんで?」
「バカだからバカっつったんだよ、バーカ!」
真陽とそんな会話を繰り広げてしまった。
指輪の事を聞いたのは俺なのに。通勤にだけ着けてるその高価そうな指輪が婚約指輪だって薄々気付いていたのに。
真陽の口から婚約者とやらの話が出た途端、俺は沸き上がる不快な感情を抑えられなくなってしまった。
あーあ、バカだなんて陳腐な言葉で罵っちまった。真陽ポカンとしてたな。そりゃそうだよな。真陽は何も悪くねえもん。
部屋の冷たいフローリングの床に死体のように寝そべりながらひたすらに後悔する。
怒ったかな。せっかく一緒に帰ってくれてたのにバカだなんて言われて。俺のコト嫌いになったかな。呆れたかな。やっぱ柏原柊はダメな奴だって。
もしも真陽が俺をそんな風に思ったら。そう考えたら胸が熱くなって急に鼻の辺りがギュウっとしてきた。そして、頬に伝ってきた水滴に驚いて、俺は慌てて飛び起きる。
「は!?なんだこりゃ!?」
ビックリして拭った水滴は明らかに自分の目から流れてて段々視界まで曇っていく。
「なんだこれ…俺、泣いてんのか…?」
…なんでこんな…。どうかしてる。本当に俺どうしちゃったんだ。
今まで人に嫌われるのが当たり前だったのに。人に遠ざけられて独りなのが普通だったのに。どうして。
---あの女に、櫻井真陽に、嫌われたくない。例え世界中の人間に見放されようとも、真陽にだけは---
初めて味わう胸が潰れそうな不安は、自分でも止められないまま涙を零し続けた。