ホーリー 第一部
しばらくのあいだ、穏やかな沈黙が続いた。仔猫の少女は、小さなうさぎのわき腹を、大切そうに、ふうわりと撫でる。仔犬の少年は、そのすぐななめ後ろまで寄り添って、少女のあたまをすうっと撫でる。そのすこし後ろでは、大きなうさぎがコテンと、気持よさそうに眠りこけている。窓から射し込む暖かい光は、その穏やかな光景をひそかに護っくれているように想えた。
少年のうしろから、のそそっと、かすかな物音がする。振り向くと、大きなうさぎがのそり、のそり、と近寄ってくる。大きなうさぎはまるっこい手を、じぶんの口元に寄せようとする。でも、手が短すぎて、てんで届かない。傍から見ていると、ただくいっと手を動かしているだけのように見える。それに手が届かないからと、何度もくいっ、くいっ、とするものだから、まるで「かかってきなされ・・・」と挑発してるようにも見える。眠っているのか起きているのかよくわからない、とぼけたようなうさぎの顔がそれにひたすら追い討ちをかけていた。それでも、ながい付き合いの少年は、もちろんそんな勘違いはしなかった。少年にはうさぎが本来とろうとしているジェスチャーが、ごくあたりまえにわかるのだった。
少年は、なにも見なかったという風に、少女のあたまを撫で続けた。できるだけやわらかく、ことばにしない、いろんなちっちゃな情が伝わるようにと。と、うしろから、のそのそと、あまり物音を立てないようにして大きなうさぎがあらわれる。そうして、まるっこい手で少女のほっぺたの端っこをちょんっとつついた。
「・・・んにゃ?」
少女は、少しおくれて首をゆっくりうしろにひねる。
大きなうさぎはのそそそっと、わりと機敏な動きでひねった首の反対側にまわる。
「にゃ・・・」
もう一度反対側へ、またゆっくり首をひねる。
大きなうさぎものそのそと、今度は少しゆっくり反対側にまわりこむ。
「にゃぁっ」
一瞬だけ、大きなうさぎのぼてっとまるいお尻とそこにお団子みたいにくっついたちっちゃな尻尾が目にうつって、少女はうれしそうな声をあげる。
大きなうさぎはぴょ~んっと飛び跳ねて、少女のあたまの上にのっかかる。大きなうさぎのお尻が、少女のぴーんと立った両猫耳のあいだにちょうどよさそうに収まる。
「ほにゃっ・・・?」
ちょっとだけおどろいて、またうれしそうなか細い声をもらす。
少女はあたまの上にゆっくり両手を伸ばして、大きなうさぎのからだをそっとつかんで、顔の目の前までつれてくる。
「朝やどぉ、ぴの~(-ω-)ノ」
大きなうさぎは、声は女の子みたいなのに、おっちゃんみたいなへんに落ち着いた口調で言う。そしてなぜか、さもじぶんが先に起きていたみたいな体になっている。
「うさこちんっっ」
少し間を溜めてから、少女はほにゃぁ~っと顔も耳もゆるませて、大きなうさぎのからだをむきゅぅっとする。
「うさこちん、、、おいしそう、、、」
うれしすぎてなのか、いたずら心なのか、目をきらんとさせてちょっとぶっそうなひとことをもらす。
「えっっ∑(-ω-)」
大きなうさぎはびっくりして、あんまり危機感を感じさせない顔でぷるぷると震える。
「うさこちん、、マシマロみたい。。うさこちんのからだのなかにはいったいなにが入っているのかな??」
かまわずにそんなことばを続ける。
「う~ん、やっぱり、あんことかじゃないかなぁ……?」
少年は、あまり自信なさそうに応える。
「えっっ、、ピノ、あんこ無理っっ」
なぜかきっぱりと、自信たっぷりに否定する。。
「あっ、じゃあ、、あんはあんでも芋あんじゃないかな?あたまのほうには芋あんが入っていて、からだの方にはかぼちゃあんが入ってるっ」
「にゃふふ。だったらいいにゃぁ~」
「ピノ…目が……」
「ほら、こうやってうさこちんをおいて、ステーキみたいにして食べたらおいしそうだにゃ。。」
少女はかまわず、ぷるぷる震える大きなうさぎを、少年のまえにうつぶせにして横たえる。
「・・・・・・じゃ、食べちゃおっか」
少年もちょっと考えた末、この際この流れに乗ってしまおうとする。
「ちょっとフォークとナイフと、、あ、あとお皿、とってくるねっ」
少年が席を立とうとすると、うさぎはますます大きく、ぶるぶると震える。
「いややぁ~、いややぁ~(-ω-);;」
うさぎの呻き声が聞こえるけれど、やっぱり顔にも口調にもあんまり緊迫感がない。
「うふふ、ほんとはそんなことなんかする気がないくせに~。うさこちんを食べちゃったりなんかしたらシェフがいちばん哀しむくせに~」
少女は少年の方を向いて、なぜか、ほんとにうれしそうな顔でそんなことを言う。
「…うん…たぶん……それからずっと石みたいになってしまうんだろうと想うよ…」
少年の深刻そうなそのことばを聞いて、大きなうさぎはからだの震えをとめて、ほ~っと安堵のため息をつく。
「それにしても、うさこちんおいしそうだにゃぁ~」
安心して一息ついている大きなうさぎのおでこをさすさすと撫でながら、少女は少し間をおいてから、あらためて、深く愛でるような調子でそう言った。
「そうそう、このまえ、うさこちんが大きなカラスに食べられそうになっちゃったんだよ~(・ω・)ノ」
ちいさなうさぎが少女のひざの上で、耳をぱたぱたさせながら言う。
「あ、ちびうさっ、おはようにゃぁ」
「おはよう、ちびうさっ」
「うんっ、おはよう、シェフ、ピノ(・ω・)ノ」
小さなうさぎは少女のひざの上で身を起こし、ふたりにあいさつをする。
「え、あのお話しちゃうの??わてがちびうさを華麗に救ったあのお話をしちゃうわけ??(-ω-)」
大きなうさぎはブフフ・・・と笑い、目をきらんと光らせる。
「うんっ。そのつもりだよ。あ、それより、うさこちんもおはよう(・ω・)ノ」
「ふむふむ、おはよう、ちびうさよ。それより、はやくあのお話を始めるのだよ・・・(-ω-)」
大きなうさぎは、すっかりダンディなモードに入ってしまっている。。
「うん。あのね、このまえうさこちんとシェフと、三人で森の中を歩いてたんだ。そしたらね、急にバサササって、おっきなカラスが飛んできたの・・・(・ω・)」
「ふむふむ・・・そうじゃわぃ・・・そうじゃわぃ・・・(-ω-)」
「そしたらね、そのカラスがちびうさを狙ってるのがわかったから、すぐにぴょ~んって飛びのけたの・・・(・ω・)」
「ん・・・?んん・・・??(-ω-);」
「それでね、そのいっしゅんあとにうさこちんが、ちびうさっ危ないっっ、ってすっごくかっこつけて、ちびうさのそれまでいたところに飛び込んでいったんだ・・・(・ω・)」
「え・・・え・・・?Σ(-ω-);;」
「そしたら、おっきなカラスがそのままうさこちんをくわえてバサアっ、バサアって、連れてっちゃって、、どんどん遠くに飛んでって、、ほんとにもう大変だったんだよっ(・ω・)ノ」
「あの・・・?わての、、わての活躍は・・・??(-ω-);;」
「でね、シェフとちびうさは大急ぎでうさこちんをおっかけたんだけど、ぜんぜんおっつかなくって・・・(・ω・)」
「そうだね、、あのときはほんとにもう、うさこちんにもしなにかあったらって、ほんとにもう、こわかったよ……」
「そうなのにゃ・・・それで、、それからどうなったの・・・??」
「うん。しばらく森を走って、丘のところまで出ると、なぜだかカラスさんとうさこちんがなかよしこよしになってたんだよっ(・ω・)ノ」
「そうなのじゃ・・・わての華麗なわじゅつで、みごと敵と和平をむすんだのじゃ・・・(-ω-)」
「あ、それで、うさこちんについたくちばしの痕も、おっきなカラスが縫いつけてくれてたんだよっ。だから、、きっとそのカラスならうさこちんのからだのなかを見てるかもしれないよねっ」
「え・・・わての、、わてのわじゅつについては・・・??(-ω-);」
「ほにゃぁ、うさこちん、カラスさんとはどんなことをお話したの??」
「ぶふふ・・・覚えておらんのぉう・・・(-ω-)」
なぜか不敵に、満足げに言う。。
「ん~、、そういえばうさこちん、、カラスにくわえられたとき、ショックで気絶しちゃってたような・・・?」
「あ、そうそうっ、そうだったね(・ω・)ノ」
「えっ・・・そうなの・・・??Σ(-ω-);」
「あと、、別れ際にカラスが、うさこちんに何回もありがとう、ありがとうって言っていたよっ」
「ふにゃぁ、なにがあったんだろうね・・・??」
「う~ん、、でも、ともかくうさこちんがぶじでよかったよっ(・ω・)ノ」
「そうだね、ほんとに…ほんとに……よかった」
大きなうさぎは事実が、自らの脳内記憶とおおきく乖離していたことを知り、壁におでこをすりつけながら激しく落ち込んでいる。三人はしばらくおしゃべりを続けていたけれど、あんまりながいこと大きなうさぎがうなだれていたので、いつものとおり、小さなうさぎがちょっとだけ心配になってなだめにいく。そろそろと、うしろからそばに寄り添って、ぶふぶふと、うさぎどうしにしかわからないちいさなやさしい声でなにかを語りかけている。少年と少女は、そんなうさぎたちをみつめながら、なぜだかじぶんたちもそのやわらかい感触に包まれるのを感じていた。
「あ、、もう、こんな時間だね」
少年は窓から流れ込んでくる少し暮れかかった光の色合いを見て、ふと声をあげる。
「にゃ、、そうだね。そろそろいかなくちゃね」
「うん、はやくいかなくっちゃお店がしまっちゃうものね」
そう言って、仔犬の少年はゆっくり立ち上がる。
「うさこちん、、ちびうさ、、今日はもうお別れにゃ。。また遊びにくるにゃ。。」
うさぎたちはこちらに向きなおして、仔猫の少女のそばまでかけ寄ってくる。
「うん。ピノっ。いってらっしゃい。いつでも帰っておいでね(・ω・)ノ」
「ぴの~っ、またいつでも遊びにくるのだぞ~っ(-ω-)ノ」
「ぅんっ・・・」
少女は朝空みたいに複雑な表情で笑って、二羽のうさぎに精一杯のハグをした。