世界機械日記
追記~世界機械日記~
実はあの日あのあとある重大な立体映像を観た。
それについては余計な混乱を招くことになるかもしれないので公表するためのレポートには敢えて記さなかった。少なくともそれは現時点においては適切な判断であったように想う。それともいっそ未来の惨状を、そこに棲んでいた無血レジスタンスたちのメッセージを突きつけてしまったほうが良かったのだろうか。
精霊たちが消えたあとしばらくするといつの間にか奥へと続く扉が現れていることに気づいた。その扉にもやっぱりあの「世界機械」の紋様が描かれていた。もしかしてこの施設(?はたまた何らかの文明の遺跡?)を創った人間たちのシンボルみたいなものなのだろうかと想った。
扉を開くとあの懐かしい図書館の匂いをもっともっと熟成させたような匂いが鼻腔に飛び込んできた。どうやら其処はいつかの時代の図書館のようだった。広大な鍾乳洞のような空間に夥しいほどの書物が敷き詰められていた。どの本もやたらと古めかしくて永い時間の経過を感じさせた。難しそうな本から読みやすそうな本、漫画まで一応用意されてるみたいだった。そんな風にわりと現代的なものまで置かれているのが不思議に想えてならなかった。試しに一冊手にとってみて発行年を観てみた。
「……2013年…?」
明らかに古書のような状態になっているそれは再来年の2013年に発行されたものらしい。途端に自分がどこに居るのか、何が起きてるのかわけがわからなくなって怖くなった。ホラー映画にでも迷い込んだような気分だった。
ビクビクしながらも図書館の中を少し奥の方まで進んだ。いったいここがなんなのか知りたかった。知らなきゃいけない気がした。
館内のところどころに自然の出っ張りをそのまま削って整えたような若干無骨ともおもえるガッシリとした机が建ち並んでいた。しばらく歩くとそのひとつに立体映像装置が取り付けられているのを見つけた。2156年製のものらしい。操作法は最近のものとあまり変わりがないみたいですぐに把握することができた。2175年6月29日に一件の立体映像が記録されていた。
「世界機械」のアップから映像は始まった。今の「世界機械」なんか比べ物にならないくらい傷も汚れも深く夥しく刻まれていた。其処に少し髪の長い30手前ぐらいのきれいな瞳の男が現れて、なにかよくわからない言葉で何か重要そうなことを訴えかけていた。男は何か丸い石のようなものをコロコロとなで始めた。すると「世界機械」の上に様々な立体映像が現れ、「世界機械」の紋様にはエネルギー体の模像と思しき光が浮かび上がった。
見たこともない植生。鮮烈な赤色に燃え盛る不思議な森ではどの植物も異常なまでに巨きい。青く美しく発光するチョウチョがその森を妖艶な動きで舞う。それを追いかけるようにして14歳くらいの少女が赤い森に迷い込む。少女は見たこともない美しく不思議な植生に笑顔をこぼしクルクルとバレエを踊っていた。だんだん足はもつれ身体の動きは拙くなっていくけれど、まだ幼さが残る彼女は異変に気づかない。ただただ笑顔で踊り続ける。
蜘蛛の糸に覆われた町。鮮やかな閃光が突然現れて絡まった糸を掻き消した。町の男たちは山の地面を深く深く掘り、発光する鉱石の採掘を始めた。やがて男たちの中から病を患うものや急死するものがあらわれた。町の女や子供たちにもやがて被害は及んだ。
繰り返されるテレポーテーション。大量の物資や人間の移動。テレポートの支点に設定された空間は少しずつ軋み歪み、やがて崩壊する。崩壊に巻き込まれ数え切れないくらい多くの人間が次元の裂け目に飲み込まれた。どうやら想定以上に崩壊の規模が大きかったらしい。そしてテレポートの支点も其処を管理・運営する施設も、また別の貧しい国に移される。
そんな風に未来のあらゆる惨状が30分ぐらい延々と映し出された。
そして虹色に燦々と輝く賑やかな都。赤い森の少女によく似た男の子が流線型のエレキギターを弾いて愛を歌っていた。
「世界機械」の紋様に浮かんだ模像発光体は明らかに不条理で自滅的な「流れ」を造っていた。発光体たちはあらゆる場所で容赦なく吸い上げられ、ヒビや汚れがいくらできてもその勢いは止まらない。致命的な深い亀裂が入り枯渇するまで吸い上げられる。そしてまた別の場所で吸い上げが始まる。そうして吸い上げられた発光体のほとんどは紋様の中心とその周縁に流れ込んでいた。発光体の総量はどんどん減っているようだった。それでもひっきりなしに発光体を吸い上げ続けるその様子には終末を匂わせるものがあった。
どうやら男にはもう時間が無くなってきているようだった。さっきから男の後ろをバタバタと慌しそうに人が行き交っている。怒号のようなものも聞こえだした。彼らの空間が揺れる。男は突然走り出した。映像は男を追う。男は鍾乳洞の中へと入っていった。広大な鍾乳洞には100人前後の人間が居た。彼らは皆お守りのようにして、世界機械と同じ紋様の刻まれた小さな機構を握り締めていた。最後の大きな揺れが来て、空間に巨大な亀裂が刻まれた。彼らはその中に自分から飛び込んで行った。
彼らがどこに行ったのかは知らない。でも彼らの目は明らかに自ら死に向かう者の目でも万にひとつの幸運に縋る者の目でもなかった。何か考えがあって勝ち目の薄い勝負に勇敢に挑んでいく人間のそれだったように想う。
これはぼくの推論に過ぎないんだけど彼らはきっと未来を変えるために空間の崩壊を利用してタイムスリップを試みたんじゃないかと想う。彼らのあのときの表情から察するに、タイムスリップへの挑戦はあの時代でも初めてだったんだと想う。そしておそらく彼らはその賭けに勝った。
そう考えればあの地下の遺跡や「世界機械」の発祥にも説明がつく。
彼らの「賭け」は第一段階において成功した。そして「世界機械」の普及という第二段階にも成功した。
それでも現時点ではまだまだ彼らのしてきたことが報われる未来というのは想像がつかない。
彼らはどんな想いで、戻ることのできない危険な旅に出かけたんだろう。ぼくらひとりひとりが彼らの意志を、少しずつでもいいから受け継いでいくべきなのだと想う。
それについては余計な混乱を招くことになるかもしれないので公表するためのレポートには敢えて記さなかった。少なくともそれは現時点においては適切な判断であったように想う。それともいっそ未来の惨状を、そこに棲んでいた無血レジスタンスたちのメッセージを突きつけてしまったほうが良かったのだろうか。
精霊たちが消えたあとしばらくするといつの間にか奥へと続く扉が現れていることに気づいた。その扉にもやっぱりあの「世界機械」の紋様が描かれていた。もしかしてこの施設(?はたまた何らかの文明の遺跡?)を創った人間たちのシンボルみたいなものなのだろうかと想った。
扉を開くとあの懐かしい図書館の匂いをもっともっと熟成させたような匂いが鼻腔に飛び込んできた。どうやら其処はいつかの時代の図書館のようだった。広大な鍾乳洞のような空間に夥しいほどの書物が敷き詰められていた。どの本もやたらと古めかしくて永い時間の経過を感じさせた。難しそうな本から読みやすそうな本、漫画まで一応用意されてるみたいだった。そんな風にわりと現代的なものまで置かれているのが不思議に想えてならなかった。試しに一冊手にとってみて発行年を観てみた。
「……2013年…?」
明らかに古書のような状態になっているそれは再来年の2013年に発行されたものらしい。途端に自分がどこに居るのか、何が起きてるのかわけがわからなくなって怖くなった。ホラー映画にでも迷い込んだような気分だった。
ビクビクしながらも図書館の中を少し奥の方まで進んだ。いったいここがなんなのか知りたかった。知らなきゃいけない気がした。
館内のところどころに自然の出っ張りをそのまま削って整えたような若干無骨ともおもえるガッシリとした机が建ち並んでいた。しばらく歩くとそのひとつに立体映像装置が取り付けられているのを見つけた。2156年製のものらしい。操作法は最近のものとあまり変わりがないみたいですぐに把握することができた。2175年6月29日に一件の立体映像が記録されていた。
「世界機械」のアップから映像は始まった。今の「世界機械」なんか比べ物にならないくらい傷も汚れも深く夥しく刻まれていた。其処に少し髪の長い30手前ぐらいのきれいな瞳の男が現れて、なにかよくわからない言葉で何か重要そうなことを訴えかけていた。男は何か丸い石のようなものをコロコロとなで始めた。すると「世界機械」の上に様々な立体映像が現れ、「世界機械」の紋様にはエネルギー体の模像と思しき光が浮かび上がった。
見たこともない植生。鮮烈な赤色に燃え盛る不思議な森ではどの植物も異常なまでに巨きい。青く美しく発光するチョウチョがその森を妖艶な動きで舞う。それを追いかけるようにして14歳くらいの少女が赤い森に迷い込む。少女は見たこともない美しく不思議な植生に笑顔をこぼしクルクルとバレエを踊っていた。だんだん足はもつれ身体の動きは拙くなっていくけれど、まだ幼さが残る彼女は異変に気づかない。ただただ笑顔で踊り続ける。
蜘蛛の糸に覆われた町。鮮やかな閃光が突然現れて絡まった糸を掻き消した。町の男たちは山の地面を深く深く掘り、発光する鉱石の採掘を始めた。やがて男たちの中から病を患うものや急死するものがあらわれた。町の女や子供たちにもやがて被害は及んだ。
繰り返されるテレポーテーション。大量の物資や人間の移動。テレポートの支点に設定された空間は少しずつ軋み歪み、やがて崩壊する。崩壊に巻き込まれ数え切れないくらい多くの人間が次元の裂け目に飲み込まれた。どうやら想定以上に崩壊の規模が大きかったらしい。そしてテレポートの支点も其処を管理・運営する施設も、また別の貧しい国に移される。
そんな風に未来のあらゆる惨状が30分ぐらい延々と映し出された。
そして虹色に燦々と輝く賑やかな都。赤い森の少女によく似た男の子が流線型のエレキギターを弾いて愛を歌っていた。
「世界機械」の紋様に浮かんだ模像発光体は明らかに不条理で自滅的な「流れ」を造っていた。発光体たちはあらゆる場所で容赦なく吸い上げられ、ヒビや汚れがいくらできてもその勢いは止まらない。致命的な深い亀裂が入り枯渇するまで吸い上げられる。そしてまた別の場所で吸い上げが始まる。そうして吸い上げられた発光体のほとんどは紋様の中心とその周縁に流れ込んでいた。発光体の総量はどんどん減っているようだった。それでもひっきりなしに発光体を吸い上げ続けるその様子には終末を匂わせるものがあった。
どうやら男にはもう時間が無くなってきているようだった。さっきから男の後ろをバタバタと慌しそうに人が行き交っている。怒号のようなものも聞こえだした。彼らの空間が揺れる。男は突然走り出した。映像は男を追う。男は鍾乳洞の中へと入っていった。広大な鍾乳洞には100人前後の人間が居た。彼らは皆お守りのようにして、世界機械と同じ紋様の刻まれた小さな機構を握り締めていた。最後の大きな揺れが来て、空間に巨大な亀裂が刻まれた。彼らはその中に自分から飛び込んで行った。
彼らがどこに行ったのかは知らない。でも彼らの目は明らかに自ら死に向かう者の目でも万にひとつの幸運に縋る者の目でもなかった。何か考えがあって勝ち目の薄い勝負に勇敢に挑んでいく人間のそれだったように想う。
これはぼくの推論に過ぎないんだけど彼らはきっと未来を変えるために空間の崩壊を利用してタイムスリップを試みたんじゃないかと想う。彼らのあのときの表情から察するに、タイムスリップへの挑戦はあの時代でも初めてだったんだと想う。そしておそらく彼らはその賭けに勝った。
そう考えればあの地下の遺跡や「世界機械」の発祥にも説明がつく。
彼らの「賭け」は第一段階において成功した。そして「世界機械」の普及という第二段階にも成功した。
それでも現時点ではまだまだ彼らのしてきたことが報われる未来というのは想像がつかない。
彼らはどんな想いで、戻ることのできない危険な旅に出かけたんだろう。ぼくらひとりひとりが彼らの意志を、少しずつでもいいから受け継いでいくべきなのだと想う。