天神楽の鳴き声
莉津は雛生にすごい力で掴みかかる。

「…何もしてない…っ!!痛いよ、胡兎」
「ひーちゃんはいつもそう、興味ないふりしてわたしの欲しい物全部持ってっちゃう…」


なりふり構わず、感情をこんなにも出す人間は他を圧倒するほど良くも悪くも美しく、醜い。

羨望が欲しいの、力が欲しいの、わたしをそんなもので塗り固めてしまいたいの。弱い心がなくなるように。
金切り声でそんなことを切実に訴えているようだった。胡兎は、雛生を下に見る事によって、優しくする事によって、この不安定な生活を乗り切っていたのだ。雛生のように感情の発露できない彼女の、表し方だった。

「…胡、」

震えている胡兎雛生が呼び掛け、落ち着かせようとする。お互いに近くにいたくせに、どちらもきちんと知ろうとしなかった。距離を掴んでいたわけではなく、臆病だったからだ。それでは、ままごとをして喜ぶ子供と変わらない。

手を伸ばした瞬間、胡兎は、床に突如現れた真っ黒の穴に吸い込まれそうになる。そこから、いくつもの黒い管が蛇のように胡兎を這って行く。『領分を弁えろよ、小娘が』そんな言葉がこの部屋に響く。


「あ、…あ…」
胡兎はカタカタと震え、こちらを見た。雛生は黙って見ていた。
どうしよう、助けなきゃというよりも、ああ、この子は天神楽に喰われそうになっているのか、と変に冷静になってしまっていた。
辛うじてしがみつき、穴に吸い込まれないように必死に雛生に手を伸ばす。

なぜ、私は助けてあげれていないのだろう?

「雛生様っ」
異変に気づいて部屋に入ってきた強引に女性に制される。

「たす、け…」


「あああああぁぁぁあ…っ」


喉が千切れそうになるぐらい叫んだ。何もできていなかった私が、やっと今、何にもならない行動をしたのだ。
雛生は彼女の最後の抵抗が終わる時の、彼女の笑顔と最期に見せた顔を忘れない。

この日、親友、と呼べた人物を雛生は天神楽に喰われた。
あの一瞬に生まれた気持ちを雛生は忘れない。
醜くて、浅ましい、
これが私の罪だ。

―…
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