天神楽の鳴き声
この国の行く末は天神楽が握っている。皇子の誕生はこの国の存続そのものの象徴だ。だから居なければ国が傾くのは当たり前で志臣はその辺の事を雛生の耳には入れないようにしてくれているのだ。

馬鹿みたいに優しい彼。

雛生は彰綺が淹れてくれたお茶を一口含んだ。

「実はね、お兄ちゃん、結婚するはずだったの」
「え?」
「相手の人も、素敵な方だった…。でも漆蕾病にかかってしまって…、今も眠ったままなの……どうして、他にもその病で苦しんでる人がいっぱいいるのに…!!」

彰綺は机を叩く。その目にはうっすら涙が滲んでいて。雛生は視線を思わず反らす。

「帝は民の事を一番に考えてくださる筈なのに…!!…朱巫女さまも、きっとこの病を癒やしてくださる筈なのに…っ!!…どうして考えてくださらないんだろう…?」


雛生は何も言えずに、ただ床を見ていた。
ぬるま湯のような幸せに浸かっていた自分がただただ恥ずかしかった。知らない事は罪だと、あの時知った筈なのに。

けれど、癒しの力も持たない、名だけの巫女である雛生が何ができるだろう。その立場にいるということ、果たさなければいけない責任。

『だから、あなたが嫌いなの』
胡兎が自分を指差して笑った気がした。

―…
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