恋衣 ~呉服屋さんに恋して~
二章:恋草
――十夜さんへ通じる道と、毎日通る道が一緒だなんて……こんなに苦しいこと、他にない。
あれから一週間。
私は毎朝駅に着くと、すぐにでも商店街へ駆け出してしまいそうな気持ちを抑え、職場である文房具会社へと足を向けていた。
そして仕事が終わると、余計なことを考えないよう、一目散にバスへ乗り込む。それの繰り返しだった。
三か月がこれほど長いなんて。
私は所属する総務課のデスクで、書類を眺めながらため息を吐いた。
今は4月の年度初め。
三月の年度で締めた請求書を作成したり、年度の繰越を行ったりと、本来ならとても忙しく、日々は瞬きをするように過ぎていくもの。実際今日だって、目が回りそうなほど忙しいというのに。三か月は長い。
早く一日が、一週間が終わらないだろうか。なかなか進まない時計の短針が、恨めしく感じてしまう。
(……会えなくてもいいから、姿が見たいです)
募った想いと共に再度息を吐くが、一向に減らない手元の書類を撫でていくだけだった。
どうせ、どれほど息を吐いても18時までは会社に拘束されている。そして、就業時間が過ぎたところで、十夜さんに会いに行く勇気もないのだ。
想う気持ちだけは立派に存在していて、伴う行動はちっとも見当たらない。
どうしてこんなに臆病になってしまうのだろう。……たった一度、フラれたくらい――されど勇気を使い果たした“一度”だった。
「……っ」
ふいに五年前のことが頭を過る。
二十四歳の私を見て、十夜さんはどう思っただろう。大人になったと思ってくれただろうか。今なら私のことを、ちゃんと見てくれるだろうか。
「……だ、ダメだ……仕事しなくちゃ」
気が付けば十夜さんのことばかり考えてしまっている。私は五年前の記憶を振り払うように、小さく頭を振った。
今は仕事に集中。自分に言い聞かせ、書類に視線を走らせた。
「はい、これ次の請求伝票。チェックお願いね」
すると、同期の美里(みさと)が、デスクの上にバサリと請求伝票の束を置いた。
美里が作成したものを、私が確認するというダブルチェックの体制で行っているので、ごく自然なことだけど、少し手荒い。しかしそれは、三月から四月にかけての忙しさが原因だろう。いつも帰るまで髪もメイクもバッチリな美里なのに、今日は肩口で揺れる栗色の髪が少し乱れている。
「やっぱり多いね」
私が苦笑しながら受け取ると、美里も「ヤんなるよね」と同じ顔をした。
「しかもこんな時に飲み会っていうのがねぇ」
美里は、やってられないとばかりに、盛大に息を吐きだした。
今日は今年度入社した、新入社員の歓迎会がある。
こんな忙しい時に何故?と思うけれど、五月も五月で連休があって忙しく、そうこうしていると機会を逃す。なので、毎年この時期に強行で開かれているのだ。
結局、文句を言う人もため息を吐いている美里も、全員出席するから恐らく皆楽しみにしているのだろう。