恋衣 ~呉服屋さんに恋して~
* * *
歓迎会は二時間ほどで終了となった。飲み放題の時間が終わったからだ。
「凛子、二次会は行くの?」
「うーん……帰る。飲みすぎちゃったし」
あまりお酒が強くなく、いつもはカクテルを一杯程度しか飲まないのに、今日は珍しく三杯も飲んだ。御堂くんに調子よく勧められてしまったのだ。
そのせいもあって気分はどこかふわふわしていて、眠気も漂っている。
重たくなった目蓋を開けて腕時計を確認すると、二十一時を回ろうとしているところだった。バスの最終は電車と比べて早い。そろそろ帰った方がいいだろう。
「美里は?」
「私も帰る。駅まで一緒に行こうよ。飲み過ぎた凛子が心配だし」
「大丈夫だよ。割としっかりしてるし」
なんて言いつつも、足は、どこか地についていないような感覚。ゆっくりと歩き出すと、案の定、自分の両足が絡んでフラついてしまった。
「きゃっ……!」
地面に倒れる――と思ったら、後ろから腰に腕を回され、間一髪のところで助けられる。
「わっ……と。大丈夫か? リンリン」
顔を見なくても、私を“リンリン”と呼ぶことから誰に支えてもらったかわかった。
「あ、ありがと……御堂くん」
「いや、俺が飲ませたっていうのもあるしな」
御堂くんは私の身体をゆっくりと起こしてくれる。
……こんな姿、十夜さんに見せられない。自分の適量もわからないのは子供だなんて、きっと笑われてしまう。
私が酔いを醒ますように手の甲を両頬に当てていると、御堂くんは近くを歩いていた営業課の先輩を引き止めた。
「あ! 斉藤さん。二次会のカラオケ、俺の名前で予約取っているので、お願いしてもいいですか?」
「お前は来ねぇの?」
「いえ、すぐ行きますんで。先に……すみません!」
御堂くんは顔の前で両手を合わせ、目尻にしわを作った。この笑顔は女子社員や得意先だけではなく、先輩にも有効らしい。
「しょうがねぇな、早く来いよ」
先輩は二つ返事で、先を歩いて行った。
「あの……御堂くん?」
どうして御堂くんは行かなかったのか。
先輩を見送ってから声をかけると、彼はいつもと変わらない様子でこちらを振り返った。
「バス停まで送るよ」
「え、でも二次会……それに美里もいるから、私は大丈夫だよ」
「ミサミサは電車だからバス停まで来ないじゃん。それにカラオケも駅の方だし」
なんでもない風に言う。だけど、わざわざ私を送ってからだと、やはり遠回りになる。
「いいじゃん、凛子。私も、その方が安心だし」
「み、美里まで……」
私の隣で、御堂くんの話を聞いていた美里も御堂くんの見送りを勧めてくる。
同期からも子供のように扱われる私って……本当に情けない。
「じゃあ、お願いします……」
私は申し訳なく思いながらも、御堂くんについてきてもらうことにした。
少し重たくなった頭を押さえ、ゆっくりと歩き出す。
うつろに開けた目から、商店街内の電灯に照らされて、三つの影が並んで伸びているのがわかった。
やがてその影は曲がり角に差し掛かり、二つは止まらずに歩き出したけど、一つは止まったままで……。それは私の影だった。
ここを真っ直ぐ行けば、十夜さんのお店がある。会いたい人がいる。すぐ、側に。
このまま酔った勢いで会いに行こうか。素面じゃできない、大胆なこと……。
馬鹿みたいなことを考えている。わかっていながらも、十夜さんのお店がある方へ歩き出した。
「リンリン?」
「――ッ!」
御堂くんに声をかけられ、足が止まる。私が違う方へ歩き出したことに、すぐに気付いたようだ。
……なにやってるんだろう、私。
「あ、の……間違えて……」
慌てて歩く向きを変え、二人の側へ歩み寄る。
「大丈夫かよ、リンリン。やっぱ送ることにして正解だな」
「凛子、しっかりしてよ」
二人からまた心配をされて、私の頬はお酒とは別の意味で火照る。
後ろ髪を引かれる思いで見た益田呉服店には、明かりは灯っていなかった。
昼間でもひと気の少ない商店街のお店は、飲食店以外は大体20時には閉まる。今は21時を過ぎているから明かりが無くて当たり前だ。
そんなことも忘れるなんて。
自分に呆れながら肩を落とした。