恋衣 ~呉服屋さんに恋して~
* * *
夏祭りは何年ぶりだろう。
前に来た時も、こんなに人が多かっただろうか。
私が住んでいるところの夏祭りは、市を横断するように流れる大きな川の河川敷で行われる。
この時ばかりは、いつもは交通量が多い、駅前から河川敷へ続く道が歩行者天国になる。そして、若いカップルはもちろん、学生の子の集団や、足元に気をつけながら歩くお年寄り、いろんな人々がその道を歩く。
花火が上がり出すと、土手に座って見る人が多い。
歩行者天国になった道の両端には、りんご飴やかき氷、たこ焼きや綿菓子等の夜店がたくさん並ぶ。それは、目移りしてしまい、何が食べたくなるのかわからなくなるほどだ。
それにしても、人が多い……。
私は二人との待ち合わせ場所である河川敷の入口で、人の多さに圧倒されていた。
県内では一番の大きなお祭り。
もっと大きいお祭りに行くとなると、わざわざ県外へ出なくてはならない。なので、気軽に夏祭りを楽しみたい人達が大勢集まるのだ。
「まだかな……」
二人の姿を探して、人波に目を凝らしていると……。
「リンリン!」
声の方を見ると、人の群れから半分くらい顔を出した御堂くんがいた。私と目が合うと、手を大きく振ってくれる。彼の人懐っこい笑顔を見ると、自然と安堵の息が漏れた。
人波をかき分けて駆け寄ってきてくれた御堂くんは、ポロシャツにジーパン姿で、普段とは違う雰囲気を醸し出していた。なんだか、少しだけそわそわしてしまう。
「御堂くん……良かったぁ。人も多いし、携帯の電波も繋がりにくくて、会えなかったらどうしようかと思ってたんだ」
「うん、俺も心配だった……あ、ミサミサとも会えたよ」
御堂くんの後ろを見ると、美里が人混みからひょっこりと姿を現した。薄緑色に、橙色の金魚が鮮やかに描かれた浴衣を着ている。
美里は浴衣が乱れていないか帯や足元を確認した後、私の方へ向き直った。
「すっごい人だね。あっ! 凛子浴衣可愛い。白地に桔梗(ききょう)の花? 大人っぽいじゃん」
「そうかな……ありがとう」
私は浴衣を指先でつまんで見せる。
十夜さんを意識して選んだ浴衣。十夜さんも、よく似合うと言ってくれた。髪も少し頑張って、サイドに編み込みをして結ってみた。
誰に見せるでもないのに……一番見て欲しい人は、今、誰といるのだろう。
「美里も可愛いよ」
「えー……凛子の方が可愛いよ」
「はいはい、どっちも可愛い可愛い」
私達が褒め合うのを、御堂くんは呆れたように苦笑して止めた。
それを見た美里と私は小さく笑い合った。思った通りの反応だ。
「……って、何、二人とも笑ってるんだよ」
「別にぃ」
御堂くんがそう止めてくれるのを予想して、私も美里も褒め合っていたのだ。何も知らない御堂くんは、不思議そうに小首を傾げた。
「ほら、行こう」
美里が先頭に立ち、出店が並ぶ方へと歩き始める。それについて、私も御堂くんも、人がごった返す夏祭りの中へと向かった。
* * *
昼間は耳が痛くなるほど鳴いていた蝉も、夜は身を潜め、どこからともなくお祭りの音楽が流れている。
それは祭りの催し物のアナウンスだったり、祭囃子(まつりばやし)だったり、夜店に置かれたラジカセから流れる音楽だったり……と、いろいろだ。
街頭の数より多いと思われる剥き出しになった夜店の裸電球が、人波を煌々と映し出している。その人波に紛れて、ソースの匂いやシロップの甘い香り、お客を呼び込む活気づいた声が聞こえる。こちらまで気持ちが高揚するような、まさしくお祭りの空気。
「さて。花火の前に腹ごしらえだな。何食べる?」
御堂くんがニカッと白い歯を見せて、待ってましたとばかりに聞いてくる。まるで子供が三時のおやつを楽しみにしているようだ。
仕事の時もヤンチャな雰囲気はあったけれど、もっと子供らしい部分を垣間見て、噴き出してしまう。
「え、なんかおかしかった?」
「ううん……なんでもないよ」
小さく首を振って否定する。
おかしいのは、すぐに十夜さんの顔が浮かんで、御堂くんと比較してしまった自分の頭。
御堂くんだったらこんなに身近に感じるのに、十夜さんには一生手が届かないと思う。
わかっていても、まだ諦めきれない自分が嫌になる。
「何、食べようか」
お腹を満たすものを探して辺りを見渡すが、目につくのは仲良さそうに寄り添って歩くカップルばかり。
目を逸らしても、逸らしても。必ず視界のどこかに、また別のカップルが映り込む。
お祭りなんだもの。皆で楽しめばいい。恋人同士じゃなくたっていいのだ。
「こういうところ、同期で来るのも楽しいよね」
「あーまぁ、……そ、だな」
私の問いかけに御堂くんは中途半端な答えを返す。不思議に思ったけど、それよりも気になることができた。
「あれ……美里は?」
「え?」
「美里が、いない……!」
さっきまで御堂くんの隣でいたのに。美里が姿を消していた。