恋衣 ~呉服屋さんに恋して~
* * *
十夜さんの家は瓦屋根に木造平屋建ての立派な家だった。高い石塀が周りを囲い、庭には大きな松の木が植えられている。
「凛子さん……」
「ぁっ……んんっ……と、やさ……っ」
家へ着いた途端、十夜さんに抱きすくめられ、唇を塞がれた。
咄嗟のことでバランスを崩し、広々とした玄関口に置いてある木製の靴箱に後ろ手をつく。その上にある、絶妙な配置で生けられていた鮮やかな桔梗(ききょう)や蒲(がま)、夏ハゼが揺れた。
濡れた舌が歯列をなぞり、舌の上をザラリと擦り上げてくる。刺激に身体の奥から痺れ、腰から崩れ落ちてしまいそうだった。
「まっ……て……ふぁ……ん」
「待てません。もう、抑えられない」
十夜さんの手が腰と膝裏に伸び、身体が宙に浮く。下駄がからんと音を立て、玄関に落ちた。
「十夜さん……あのっ」
「貴女の前だと、全く余裕がない」
自嘲気味に笑うと、抱き上げたまま唇を寄せてきた。十夜さんの黒髪がサラリと頬を撫で、ちゅっと啄むような口付けが落とされる。
十夜さんは廊下を進める足を止めると、襖が開いた部屋へと入った。畳の上には布団が敷かれており、十夜さんはその上に私を下ろした。
電気がついていない部屋は、縁側から差し込む月明かりで青白く幻想的な光に包まれている。
「十夜さん……ここには、お一人で?」
広い一軒家には明かりもついていないし、二人の物音しか聞こえない。
「そうですよ。前は両親が住んでいたのですが、一年前にもう少し静かな所へ……と、新しく家を建てたんです。それで空き家にするのはもったいないと、別のところで一人暮らしをしていた私がもらいました」
十夜さんは私の額に口付けながら話してくれる。見上げた彼の顔が、少し寂しげに見えるのは、白い月に照らされているせいだろうか。
十夜さんは私の視線に気付くと、柔らかな瞳を向けてくれた。
「ただ、一人で住むには少々広いですが……ね」
「そう、ですよね」
「凛子さん、一緒に住みますか?」
十夜さんがひょいと私の顔を覗き込んでくる。
「えっ、あのっ」
「今は冗談……ということにしておきます」
「ぁ……んっ……」
私の反応を楽しむようにクスリと笑うと、そのまま唇を重ねてきた。
――今は、冗談。
(では、いつか本気になってくれるのですか?)
十夜さんの動きに身を任せ、ただただ与えられる甘い刺激に蕩けていると、彼の手がそっと首筋を撫でた。汗で湿ったそこは、十夜さんの肌に吸い付くように反応する。つつと指先で撫で上げられ、ゾクリと肌が粟立った。
「凛子さん……大切にします」
そう耳元で低く囁くと、耳殻を口へ含んだ。耳孔に舌を挿し入れられ、耳朶を食まれると首筋へと舌を這わせていく。
「あっ……ん……」
首筋にかかる十夜さんの息が熱い。くすぐったくて、もどかしくて。より一層私の体温を上げた。
「凛子さんのここは……甘い香りがする」
ちゅっと音を立てて吸われたかと思うと、チリリと焼け付くような刺激が走る。
「――ぁっ……」
その小さな刺激に反応して、私は体を反らした。私を抱きしめていた十夜さんの腕の力が強くなる。
「嫌、ですか?」
「ち、ちが……」
聞いておきながら、十夜さんの唇は首筋から離れない。私が悶えるように首を振ると、今度は噛みつくようにキツク吸われた。
「んんっ……はっ……ん」
痛いわけではなく、もっと欲してしまう刺激。身体の奥が疼き、下腹部がじんと痺れている。
これが……感じているということだろうか。
初めての感覚に、頭がくらくらとして、半ば酩酊したような感覚だった。
「……凛子さん、貴女の全てが見たい」
十夜さんが帯に手をかけると、しゅるりと衣擦れの音がして胸合わせが緩んだ。
「……や、恥ずかしい……」
「どうして? とても綺麗ですよ」
身をよじる私の手をとり、十夜さんは顔を覗き込んできた。熱を帯びて潤んだ瞳が、私をじっと見つめてくる。
「綺麗なんかじゃ……っ」
十夜さんの視線に耐えられなくなって俯くが、すぐにクイと顎を持ち上げられる。
「凛子さんはもう少し、自覚を持った方がいい」
「自覚……ですか?」
「きっと、今……こうして僕の理性を奪っている自覚もないんでしょうね」
「とうやさ……っん……んんっ……」
十夜さんの端正な顔が近づいてくる……と思う間もなく、深く口付けられる。上顎を擦られ、歯列を舐められ、下腹部から快感が迫り上がってくる。
唇から全てが奪われてしまいそうなほど求められ、全身が火照っていく。
十夜さんの手は止まることなく、緩んだ胸合わせからするすると中へ滑りこんできた。
「ぁッ……」
滑り込んだ大きな手に、膨らみを下着の上から揉みしだかれる。
「んッ、ふぁ、んん……っ」
優しい手つきに、無意識に身体がピクンと反応し、甘い声が洩れた。