恋衣 ~呉服屋さんに恋して~
「お姉ちゃん、そろそろ行く?」
母が開け放ったままのドアから、本日の主役である妹の裕子が緩いウエーブがかかった髪に、西洋人形のような顔を覗かせた。
「うーん……」
さっきと同じように唸るような返事をし、鏡の前でくるりと回転して全身をチェックする。
そうして、胸元まで伸びた髪を再度クシで梳き、顔を近づけてメイクを確認した。
「ま、待って! もう一回マスカラ重ねるから」
鏡の中の自分は、まだいつもの顔から抜け出せていなかった。
もう少し……もう少し大人っぽく、綺麗に。
五年前と違う、二十四歳の私を彼に……十夜(とおや)さんに見てほしい――。
あの頃の彼は二十七歳。今はもう、三十二歳だ。
そう考えると、やはりまだ大人の雰囲気が足りない気がしてくる。
私が再度化粧ポーチを取り出すと、妹は呆れたようにため息を吐いた。
「お姉ちゃんって、そんなにメイクする方だっけ?」
「早くしてよ」と言葉ではなく口を尖らせた態度で急かされる。だけど、私は気付いてないふりをしてマスカラを重ねた。
恐らく十夜さんの中の私は、十九歳で止まったまま。私の中の彼が、五年前の輝きを放つように。
それなら……大人になった私で驚かせてみたい。
(貴方はきっと、もっと妖艶な輝きに満ちているのでしょうから)
私はそれに負けないほど……までは望まないけれど、側でいられるほどにはなりたい。
だからどうか、神様。今日だけでも……一番綺麗な私に変身させて。
願いを込めるように、唇へ桃色のグロスを乗せた。