恋衣 ~呉服屋さんに恋して~
* * *
こうして土日が終わり、いつもの平日が始まった。
昼食は、いつも隣の席にいる美里とその場で取るのだが、今日はそこに美里の彼氏となった御堂君もやってきて、三人で一緒に食べることになった。
「へぇ……リンリン、すっかりお嫁さんだねぇ」
私が十夜さんの手伝いをしていると話すと、御堂君は自分の席から持ってきた椅子の背もたれに体重を預け、冷やかすように言った。ニヤリと笑いながら大きな口でコンビニのおにぎりを頬張る。
「お嫁さんって……まだ、彼女とも紹介されてないから」
なんだかんだとバタバタしてしまい、まだきちんと紹介をされていない。お母様の中で、私はどういった存在なのだろうか。翠さんに代わって手伝いをしているくらいだから、きっと勘付いてはいると思うけれど……。
「十夜さんは悪気ないんだろうけど、紹介されないのってちょっと不安だよね」
私の心境を察したように美里が口を開いた。
その言葉に頷きながら、自分の作って来ていたお弁当をつつくが、食べる気がせず箸を置いた。
「また今度……って、言ってくれてはいるんだけど」
来週も手伝いをすることになっているから機会はある。だけどまた、忙しさで忘れられてしまうんじゃないかと思ってしまう。
「そっか。十夜さんにも何か考えがあるのかもしれないよね」
「でも、もし親が近くにいる状況で彼女との結婚も考えてるなら……俺だったら、すぐに紹介するけどなぁ」
「……」
御堂君の言葉にますます食欲を失う。十夜さんが「また今度」と引き延ばすのは、もちろん忙しいせいもあるけれど……私との未来を考えてないのかもしれない。
「ちょっと、何言ってるのよっ」
不安になる私を見て、美里が御堂君の脇腹を小突いた。
「あっ! いや、まぁ……十夜さんって俺と違って大人だし。やっぱり何か考えがあるのかも」
「うん……そうだよね」
確かに十夜さんから、言葉はたくさんもらっているし、幾度となく抱き締めてもらっている。不安になる要素なんて、きっとないはずなのに。
(……随分と、貪欲になってしまったようです)
「そうそう! それにさ、来月の頭には花火大会があるじゃない。二人で一緒に行けば、そんな不安もなくなるかもよ」
「花火大会……」
頭の中に、昨年のことが蘇る。
夜空に美しく開いた花火の下、私と十夜さんの気持ちは通じ合った。
そのことを思い出し、私は少しだけ元気になった。
* * *
次の土曜日。私は美里に背中を押されたように、お手伝いの時に勇気を出して、花火大会に誘ってみた。
「花火大会、ですか?」
まさか私に誘われるとは思っていなかったのか、十夜さんは目を丸くして聞き返してくる。
「はい。あの……もちろん、花火大会までここがあるのは知っています。なので、無理じゃなければ……です」
自然と声が小さくなっていく。仕事後だと疲れているかもしれないし、何より片付けがある。でも終わってから少しくらい……と思ったけれど、今、十夜さんを誘ってみて改めて無理そうだと思った。
私は俯いて、着ている浴衣の袖を握りしめた。
「そうですね。行きたいのは山々なんですが、終わってからここを片付けなくてはいけなくて……」
「いっ、いいんです! お忙しいのに、無理を言ってすみません」
十夜さんの申し訳なさそうに歪む顔を見たくなくて、言葉を遮って謝った。
「同じ市内であればいいんですけどね……どこかここの近くで、」
「あ、気にしないでください。無理を言ってしまってすみませんでした……。わ、私お昼休憩へ行ってきます」
「凛子さんっ」
これ以上、十夜さんに辛そうな顔をさせたくない。
引き止めようとしてくれる十夜さんから、半ば逃げるようにして休憩へ向かった。
私は十夜さんを困らせてばかりだ。仕事もできないくせに、何を望んでいたのだろう。
(でも、こんなに毎週会っていても……触れ合っていないんですよ)
デートらしいデートも、この出店を聞いた御茶屋さん以来。平日は十夜さんが疲れていると思い、私も少しでもマシなお手伝いができるようにと勉強をしていたので、会うことはなかった。連絡も全てメールで、それも挨拶程度のもの。
寂しい。けれど、十夜さんはいつも通りで。
(……私ばかり、寂しいと思っているみたいです)
十夜さんが女性のお客さんに、きゃあきゃあと騒がれるのには慣れた。些細なことで妬かなくなったけれど、モヤモヤは少しずつ……胸に募っていく。
そんなモヤモヤを抱えながら、休憩場所である食堂で作って来たお弁当を広げた。やっぱり食欲がない。
一緒のおかずで倍の量のお弁当を十夜さんのために作って来た。先週作ってきた時も、彼はそれを残さず食べてくれることを思い出し、少しだけ元気が出た。
何気ないことが嬉しく感じる。
十夜さんと繋がって、私はとても貪欲になったけれど、幸せを感じる回数が増えた。
暗い気持ちになったり、幸せな気持ちになったり。人を好きになるということが、こういうことだと改めて知った。
今もまた、そんなことを繰り返しながらモソモソとお弁当を食べていると、目の前で誰かが足を止めた。