恋衣 ~呉服屋さんに恋して~


「どうしたの、お姉ちゃん。今日、ちょっと変だよ」

裕子が眉をひそめ、様子を窺ってきた。その表情には呆れの色も浮かんでいる。

「あ、やっぱり……帰ろう、かな」
「え!? 何言ってるの? 着物って高いんだから! 私ひとりじゃ不安だよ。ほら、行くよ!」
「あ、ちょっと……裕子……っ」

裕子に腕を引っ張られ、つんのめりながら歩き出した。

ああ……ついに、目の前に。

『若旦那がいるんだっけ?』

母の言葉を思い出し、胸が早鐘を打つ。息が詰まりそうだ。

苦しくて、ワンピースの胸元を掴んでいると、裕子に肘で小突かれてしまった。

「お姉ちゃん。ほら、先に入ってよ」
「あ、うん……」

大丈夫。ちゃんと綺麗にしてきたし、大人になったもの。落ち着いて、落ち着いて、大丈夫。

暗示のように、自分に言い聞かしながら、コクリと喉を鳴らす。

ゆっくりと手を伸ばし、木製の千本格子(せんぼんごうし)に麻の模様が組み込まれた引き戸に手をかけた。

格子の間にある擦り硝子からは中の明かりが漏れている。

深呼吸をし、唇をキュッと噛んで気合いを入れる。そして、戸にかけていた手に力を込めて、横に引いた。


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