恋萌え~クールな彼に愛されて~

丈の長い人影がふわりと梨花の視界を遮り、伸ばしかけた手が掴まれた。


「行くな!綾瀬君」


その直後に閉まったドアは、ドキドキと鳴る梨花の胸の音が
聞こえてしまいそうなほどの静寂を作った。
そして行き先の指示をただ黙って待っているエレベーターの
融通の利かない当たり前の従順さに焦れた梨花は
あと一秒早くボタンを押していれば、と舌打ちしたい気持ちになりながら
迫る人影に気圧されるようにエレベーターの最奥の壁に背中を押し付けた。


僅かに視線を上げると困ったような瞳で梨花を見下ろす視線とぶつかった。


「綾瀬君……」


小さく呟いた塚本のその力ない声と戸惑いの視線とは裏腹に
梨花の手を掴む力は強く、緩む気配もなかった。


「放して」
「落ち着いて」
「いいから、放して」
「わかった。放すから帰らないでくれないか。お願いだ。頼む」
「………」
「聞いてくれ。君には……君だけには誤解されたくない」


「お願いだ」と懇願する塚本の真剣な眼差しと
「君だけ」 「誤解」 という言葉は
梨花の中であれほど高く積み重なっていた後悔という名の塔を
一瞬にして砕き、その上に淡い希望すら抱かせた。


梨花は小さく頷いた。


その様子を見て「よかった……」と安堵のため息を落とした塚本は
約束通りに梨花の腕を放した。彼の手が離される瞬間の
名残惜しげな一瞬の躊躇いは梨花の心を甘く揺さぶった。
放してと言ったくせに思わず塚本の指先を捕らえて
留めてしまいそうになる衝動を堪えた梨花は ふぅ、と深く息を吐いた。




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